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2019_06
04
(Tue)15:07

患者は、正しいことを知りたかっただけなのに!

 今さらだけれども、昨年、がん専門医との懇談会で、私は、彼女の前で質問をした。『治験をした場合の病理の条件に、昔の病理結果を使われた。それっておかしくないでしょうか?』

すると、その腫瘍内科医は、『間違いない。私でもそうしたかもしれない。』というご返答であった。長い問答ではあったが、一環して、『間違いではない!』と断言された。最後には、私の方が根負けした。

月日が経ち、私は、先日の日本医科大学武蔵小杉病院のキャンサーボード勉強会で、同じ質問を演者にした。

すると、『治験で、昔の(がん発覚時の)病理診断結果を使うことは、間違いではありません。でも、新しい病理結果だと、よりよいでしょう。』という回答を得た。

演者は、国立がん研究センター中央病院で、ゲノムの治験を専門とされておられる先生。

やっぱり!素人が考えてもそうだろうに。それを受けて私は、前出の医師に、この国がん医師の回答をお伝えした。

そして、『より新しい結果での治験の方がよりよい.....ということを、私は確かめたかったのに、先生は、間違いではありませんの一点ばりでした。

私も、彼女も、もう、過ぎたことですし、その治験を行った医師を責めようとか、糾弾しようとか、思っているのではなく、本当のことを知りたかったのに、先生は、その古い病理結果で治験を行った医師の擁護をされました。

でも、私たちが求めていたことは、そんなことではなく、より新しく、より正しい知識が欲しかっただけだったのです。』と、申し上げた。

するとその医師は、ただ一言、『すみませんでした。』であった。『昔のものでも間違いないが、新しい物は、よりよい。.....』たった一言そういって頂ければ、我々も溜飲を下げられたのに、その医師は、正解をご存知であったであろうに、患者の前で仲間を擁護した。

これでは、いつまでたっても、末端の医療現場の劣悪さは、変わらない。そして、挙句の果てに、真実を隠され、全てを開示して下さらなければ、結局は、患者の主治医に対する疑心暗鬼は、払拭されない。

こういったことが、医療現場では多いのではないかと思っている。だから、患者は、やっぱり、勉強しなければならない。

医師任せでは、往々にしてこういうことが平然と行われていたりする。絶対信頼を置いていたのに、命の危機迫る状態の中で、その医師の家族だったら、同じことをしただろうかと、治験のその医師に私は問うてみたい。



2019_05
30
(Thu)23:20

いよいよ7月から導入化:脱毛を防ぐ機器承認!

 是非、下記のサイトをご覧頂きたい↓

脱毛を防ぐ機器の承認はすでに受けている。

いよいよ今年の7月から医療機関での導入が見込まれている。がん患者の救世主のような最新機器。なんとしても、威力を発揮して頂きたい。

https://www.asahi.com/articles/ASM586F6FM58ULZU01K.html
2019_05
18
(Sat)21:46

人は生きてきたようにがんと闘う!

 最近、つくづく、こう思う。

『人は生きてきたようにがんと闘う』と。

がんにり患する前から理詰めタイプの人は、納得するまでがんの勉強をされている。呑気に生きてきた人は、がん患者になってもひっ迫感や恐怖心がなかったり、

一方、昔から小心者であったり、不安症気味であったり、ちょっとのことで心配になったりするタイプの方は、がんの様々な検査結果が出る前から気持ちが押しつぶされそうになったりされている。

慎重派は、抗がん剤の選択もきちんと、調べてチョイスをされる。お任せタイプの方は、あまり勉強しないで、他力本願だったり、

楽観者、悲観者、それぞれに生きてきたように、がん患者になっても、そのままその性格が反映されているような気がする。

いくら、口を酸っぱくして、『きちんと、勉強した方がいいですよ。今の時代は、主治医から薬剤(抗がん剤)を提示され、そして、自分で選択しなければならないのですから。』

そう言っても、いざとなったらシャロームさんがいる!自分で選択できないから、その時は、シャロームさんに相談する。

そういった依頼心が強くちゃっかりタイプの方は、今はじまった訳ではなく、がんになる前から、大事な時は、周りの人に依存して生きて来られたんだろうなぁ~。と、最近痛切に感じている。

そして、私はというと、小さい頃から人のお節介をしてきたし、人が困っているとほっとけないタイプの人間だった。

昔は、弱者を擁護しても私も一緒にいじめられるということはなかった。陰が薄く、暗く、一人でいる人が目に入ると、私は積極的にその子と友達になった。

中学卒業のサイン帳には、そんな方から、『私は、シャロームさんが大好きでした。』と書いてくださったものだ。

その方は、中卒で働きに出た。当時、6クラスあった私の学年は、二クラスが就職コースで、4クラスが進学コースだった。

進学といっても、地元の普通高校に進む位で、学年で一人か二人、俗にいう進学校に進む生徒もいた、本当にローカルな風光明媚なところで育った。

そういった環境も影響したとは思うが、私は、生来のお節介焼きなのだと思う。もう、限界に近くなってきた。そろそろ、このお節介も返上する時が来るのだと思っている。

私の事だから、その時は、一切の活動から手を引くことだろう。今は、活動を半分に減らしているが、いつの日か、完全撤退の時は必ず来る。老害でご迷惑をお掛けする前に。

そして、同時にその時は、運転免許証もお返しするつもりである。