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2019_04
17
(Wed)22:03

スタッフから労いの会を開いて頂く!

 実は、4月13日(土)当会のスタッフ一同から私(代表)の慰労会を開いて頂いた。会場となったお店の一室には、模造紙に書かれた労いの言葉が貼ってある。

式次第があり、司会は、この会の発起人。嬉しくて、一瞬涙が出そうになるが、ジンと来るというより、軽やかな明るい雰囲気の中で、親睦会は進められた。

花束や菓子折りの贈呈があり、元副代表が作成した、13年間の活動をまとめたDVDを、その場で上映した。

感じたことは、年々、年を重ねてきた事実。若くて溌剌とした私や会員さんの姿がそこにはあった。

予め、この13年間に天国に行かれた方を教えて欲しいという依頼があったので、一覧表を作成して持参した。

93名の方々を我々は見送ったことを改めて確認させられた。お一人おひとり記憶を遡り説明させて頂いた。

スタッフの皆さんの私へのお言葉も頂き、本当に私は素晴らしいスタッフに恵まれたとつくづく感謝に絶えなかった。

その中のお一人のメールに感銘を受けたので、明日、書かせて頂ければと思っている。








2019_04
12
(Fri)18:01

信じられない!50代前半のがん末期患者が介護保険申請を断られる!

 千葉県の某市(本当は、明記したいが、ぐっと抑える)の会員さん。がん末期の状態で、ご相談の電話を受ける。

って、昨日の彼女。一ヶ月位前に、介護保険の申請をするようアドバイスした。

包括支援センターに繋いでもらうべく、役所(福祉課?健康増進課? 介護保険課? 役所によって名称が異なる)に連絡するよう勧めた。

彼女は、すぐに役所に電話を入れたが、その部署で、『介護保険は、65歳以上が対象なので、あなたは、受けられません。』と、にべもなく言い放ったという。がん末期で、厳しいと伝えても・・・である。

信じられない!勉強不足も甚だしい。

厚労省のサイトを見て頂きたい!

以前は、余命半年のがん患者となっていたが、現在は、末期がんとなっていて、表記に改善がみられる。

がん患者の障害年金もそうである。年金事務所でも、門前払いをされることがある。がん患者は、うかうかしていられない。きちんと、社会保障を勉強して、立ち向かわなければならない。どうなってるんだろう、ニッポン!




2019_04
11
(Thu)22:39

『今日、積極的治療のおしまいを告げられました。』会員さんからのお電話!

 昨日、『今日ね。主治医から、肝機能低下によって、積極的治療の終了をつげられました。』というお電話を頂いた。

悔しいのは、腫瘍そのものは、それなりに現在の抗がん剤は効いていた。しかし、肝臓転移の場所に新たな病変が現れた。

このような状態での抗がん剤投与は、むしろ命を縮めてしまう。そのために、今後は、無治療となり緩和医療に移行することを勧められた。

彼女は、昨年、死んだ方がましと思うほどの抗がん剤の副作用に悩まされた。治験ではあったが、決して充分と言えるような医師のフォローがあったとは思えなかった。

その病院では、初期の治療から、今思えば『どうして、こんな提示を私にしたか?』と思うような内容のインフォームドコンセントであった。

いろいろあって、転移をした。がん医療だけは、医師任せではいけないことを痛感した彼女は、当会にアクセスし、自ら情報を求めて勉強した。

お節介な私は、勝俣範之医師のセカンド・オピニオンに帯同した。その日が彼女とは初対面。不思議に意気投合し、それから彼女は、様々な報告や相談の電話を掛けてきた。

『2つ聞きたいのですが。』とか、『このことについて聞きたいのですが。』焦点を絞って、質問は簡潔で明瞭だった。

旅行にもご一緒したことがある。楽しくて、時間はあったという間に過ぎた。

昨日は、今後の生き方などについて、確認を取った。彼女も私も泣いてない。今までは、泣きながらお電話をしてきたのに、そして、今日は、もしかして一番つらくて涙する状況かもしれないのに、なのに、彼女は、冷静に見えた。

冷静を装っていたのかもしれないが、これからやるべきことを具体的に話し合った。そして私はこういった。『ファイナルステージを迎えるってね、これから、とっても忙しくなるの。優先順位をつけて、一つひとつこなしてね。貴方らしく素晴らしく演じてね。』

お金の使い方についても話した。いざという時の備えも話した。緩和ケア病棟の予約は出来ている。彼女の終の棲家については、私に出会った時に、最悪に備えることを勧めていた。

その病院の緩和ケア外来に定期的に通院していた。先日も、緩和ケア科の主治医から、『あなたは、どこでそんな知識を得たのですか?』と聞かれ、『患者会です。』と即答していた。

まさか、そんな会話から、そう時間も経ってない状態で再診になるとは、患者も緩和ケア科の主治医も思っていなかったはずである。

旅支度の始まりである。昨夜は、今後のことについて、ご主人と話し合ったとのことであった。先立つ患者にとって、最も辛いのは、『もし私が先に逝くことがあったら・・・。』という話に、伴侶が耳を貸さないことである。

悲しくて、悔しくて、そんな話は聞きたくないのかもしれないが、現実に、伝えておかなければならないことや、確認をとらなければならないことは山積である。

現実逃避は、患者本人が一番悲しいことであることをこのブログの閲覧者には、分かって欲しいと思っている。

ご主人と一緒に、命のバトンゾーンを走って欲しいと願っている。そして、うまく、次に続く人に、命のバトンが手渡されるよう、応援している。

来年がお子さんの成人式。それまでは、何としても生きたい!そんな願い叶えられるようにと思っている。

これから、体から抗がん剤が抜け、体も気分も軽くなり、しばらくは、快適に過ごせるはずである。

この時に、次の抗がん剤を模索して、今の黄金の時を無駄にすることがないよう、主治医から告げられた、言葉をしっかりと受け止め、ファイナルステージで人生ドラマを完結させて欲しいと思っている。

これを、受け入れられるかどうかは、やはり、当会のような再発・転移者の会で、確かに一歩先行く先輩が我々に背中を見せてくれている。それを、目の辺りにしているか、どうかによって、死の受容は決まってくるような気がする。

昨日の彼女は、いよいよ、自分の番が来たと、腹をくくって、これから、尊い時間を刻んで行く。炎の消え行くその日まで。

2019_04
09
(Tue)09:05

緩和ケア医師:大津秀一医師より、コメント!

 当会には、会員・会員外からご相談のお電話やメールを頂く。このブログ記事に、緩和ケア医の大津秀一医師がコメントを下さった。

遡ってご覧になられる方は少ないと思われるので、そのコメントを、本日の記事にコピペさせて頂いた。

別のケースであるが、
以前、乳がんで同時再建をされた会員さん。しかし、術後から耐えられない痛みに悩まされ、主治医や看護師に訴えるも、理解されない。それこそ、心まで壊れる寸前まで行った。

その方と最近、久しぶりに会話することがあり、その後を伺った。すると、あまりの痛さに、自ら申し出て、その再建されたインプラントを除去する手術をされたとのこと。

それからは、痛みはかなり軽減したということであった。

実は、最近、緩和ケア医の大津先生のところで診て貰った会員さんがいることを伝えると、『どんなにお金を払っても、私は痛みを取ってもらいたかった。もう少し早く、その先生に会いたかった。』と、言われた。

話を元に戻すと、この記事の方は、まず、年金暮らしで、お金にゆとりがないということ。話の要領も悪く、回りくどい、そして肝心の要点からずれてしまう。そして、同じことを繰り返される。

しかし、一番のお悩みは、痛み!この痛みを取ってもらいたい。この一点が行きつく訴えだった。

医療現場では、きっと、こういう方の対応としては、充分でなく、(むしろ、厄介な患者扱い)患者は、不満が増幅し、ますます医療不信に繋がるという。負のスパイラルに陥ってしまう。

こういった患者の救済どころが、大津秀一医師のクリニックだと思う。しかし、やはり、難しいのは、オンラインといっても、そういったシステムが使いこなせない高齢者は、手も足も出ないということである。

難しい局面ではあるが、ご相談者が通院している医療機関は、緩和ケア外来もあるし、精神腫瘍科もある。

まず、そこに繋いでもらうことが問題解決であるが、現場は、そこが上手く流れていない。通りよき管になっていない。

院長先生宛にでも、要望書を出してみようかしら。それくらいなら、私にでも出来るかも。

当時の院長先生は退官されたが、その病院のロゴマークの選考委員として、また、院内ピアサポート導入に貢献した私でもあったので、少しは、聞く耳を持って下さるかしら。

プライオリティーをつけて、順次、すべきことを片付けなければ、年齢に伴い、すべてのことが、今までのようにスピーディーに行かない。歯がゆい昨今である。

..............大津秀一医師のコメントから..................

緩和ケアの大津です

シャロームさん、皆様、こんにちは。

緩和ケアクリニックの大津秀一です。
お世話になっております。

「どうにかならないものかと、歯がゆい思いを日々抱いている」

お気持ちが伝わって参りました。

誠に残念ながら、ご記載されているような「緩和ケアにかかれない」現実が散見されるのは事実だと思います(それなので自院を開設したということもあります)。

術後遷延性疼痛(→
https://kanwa.tokyo/chronic-pain)への理解が医療者にも進んでいないので、対応する人によっては「気のせい」とされてしまいますね。

自院は初診時は情報収集とその方に合った方策を練るために事前の時間もかかるため19800円を頂いておりますが、次回以降は10800円に下がり、がんセカンドオピニオン外来を行う東京の病院(→
https://soukikanwa.jp/home/secondopinion/)よりはご負担を軽くするように務めております。

また定期的にかかって頂き落ち着いている患者さんは、国のガイドラインに則り、オンライン診療を行うことも可能ですので、埼玉からご通院頂かなくて良くなります(ただ前述した国の規定があるのでそれを遵守しなければいけないことになっています)。

ご指摘の通り、がんの場合各科にかかる必要が生じ、時間や頼む負担もかかります。一人の医師が、がんのプライマリ・ケア医(かかりつけ医)として関わることがそのような大変さを緩和するのではないかとも考え、自院を運営しております。

術後遷延性疼痛の方に関しては、非がん慢性痛の専門家が一番の専門家になりますので、同じ病院の麻酔科(ペインクリニック)で対応してくれるかもしれませんが、そこも対応してくれないようならば通院している病院と別の医療機関に(痛みに関しては)かかったほうが良いかもしれませんね。

今後ともよろしくお願い申し上げます。











2019_04
08
(Mon)08:37

ご遺族の方からのご依頼、『追悼集に寄稿を.....!』

 今朝、昨年5月に召天されたご主人の奥様から、LINEで、『夫の追悼集を作成している。お忙しいシャロームさんに恐縮だけれども、寄稿して頂けないか?』というご依頼を受けた。

それも、声掛けも躊躇していたとのこと。なんだか、私は、どうも『忙し・忙し』という衣を常にまとっているような、そんなせわしない印象を皆さんに与えているようだ。

こういった依頼すら、迷わせてしまっている自分の振る舞いは、猛省すべきである。

すぐに快諾させて頂いた。実は、そのご主人が初めて患者の集いにご参加された時、奥様は、『夫の本音(弱音)を初めて聞いた。』と、おっしゃった。

ご主人は、たった一言、『こんな訳で、とても痛いし、とても辛い。』と、現状を吐露された。私は、そのお席の場所まで覚えている。

当会の仲間たちは、本当に素晴らしく、その思いに、全員が耳を傾け、心を注ぎ、その思いを我が事のように受け止める。

家族には、弱音を吐けない夫が、その弱さを受け止め合う、その場所で、肩の荷をおろし、ゆっくり心休めた瞬間だった。

当会は、弱さで触れ合う場所の提供である。成功者や富裕者や元気な人が集まる場所ではない。真逆の場所。

社会の片隅に追いやられているのではないかとさえ、思えるようなそんな場所で、仲間に出会えたその瞬間こそ、その思いは解放され、光が差し込み、希望が見えたりする。

希望は、俗世間のような明るい未来ではない。そうではなく、病と言う敵に立ち向かわざるを得ない今の状況から、それでも、癌晴る他ない。という決意が与えれる。そんなツールなのだと思っている。

彼に対するアドバイスも、情報のひとつもなかったけれど、集いから醸し出される雰囲気の中で、彼は、心の重荷をおろし、心安らぐ一瞬のひと時が与えられたのだと思う。

彼は、『先生!』と呼ばれる立場の方ではあったが、それを、一切口にされることなく、一人の弱いがん患者としてそこに集われていた。

だからこそ、我々は、その方の学歴も、年齢も、職業も、財力も、一切無関係ない。誇示するならば、『私は、がん患者!』大手を振って、『私は、会に参加出来る条件クリアーな人間です。』と、声高らかに叫んで欲しい。

自分の何かを誇る方は、そっとご指南させて頂き、それでも、ご理解頂けない場合は、退会を促してきた。

促す前に察知して、退会される方もおられる。

私が掲げるキャッチフレーズは、『弱さで触れ合う。一人じゃないよ。ここに仲間がいるよ。』なのだから、

それに添えない方は、他を当たって頂きたい。もしくは、ご自分でご自分の理想とする会を立ち上げられれば、それでよいだけの話である。