医療事故part7

やっとガラス越しに子供に会えた。他のお子さんに比べて一番顔色が悪い。(新生児室ではなく、小児科病棟に移されていた。)毎日、経口からの授乳(他は鼻から管による授乳)が10ccずつ増やされて40ccにまで達したというのに、2週間後に新生児の無菌室で肺炎にかかってしまう。

経口よりの授乳は、不可能となり、再び鼻よりの授乳に戻る。夫は、『子どもが元気で育つか心配だ。』と、不機嫌。っと、当時の日記に記されている。

子供は、抗生物質の点滴や栄養補給で手をベッドに縛られ固定されている。自由を奪われたその苦痛を思うとたまらなく涙が溢れた。

赤ちゃんの血管は細いので、点滴の針を刺すのも至難の業だと言われる。

子供は、モロー反射(生まれつきの反射機能)がないこと、筋肉がダラダラとして弱いこと、障害児に特徴の新生児に肺炎になったこと、(この因果関係は不明だが、障害児は新生児の時に肺炎をおこすことが多い。)などから、

脳のCTをとること、髄液検査をすること、血流シンチ(脳の中に、正常に血が流れているかどうかの検査)という検査をすること、他、眠らされて障がいの有無の検査をすると、いきなり主治医より聞かされる。
肉体の次には、精神的な苦痛が『これでもか、これでもか』という様に、私に襲いかかる。

私の血腫は、まだブヨブヨの状態なので、退院をすると(体を動かすと)破裂の危険があり生命に影響することと、感染症の恐れがあるとの理由で退院のメドはたっていない・・・と、私の主治医より言われる。

周りのお母さん方の祝福ムードの中で、子供の障がいの恐れや自分の体の危険など、逃れ切れない苦しみをただ、じっと抱えて悶えるしかなかった。

part8に続きます。
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  1. 2007/04/04(水) 22:46:05|
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