余命一ヶ月の花嫁

勤務後、買い物を終えて帰路中の車のテレビ音声から、24歳で亡くなった乳がん患者のドキュメント番組が流れていた。

帰宅後急いでテレビのスイッチを入れた。どういういきさつで余命一ヶ月患者のテレビ取材が入ったのかは、私には分らない。

しかし、「がんと闘う自分の思いを同世代の人たちに伝えたい」という彼女のメッセージは、視聴者を釘付けにし、がんの恐さと共に、早期発見の大切さや、病気になってからでは遅い!っという彼女の訴えは、確かに届いたと思う。壮絶の何物でもなかった。

概略を下記サイトでご欄になれます。
http://www.tbs.co.jp/program/cancersp_20070718.html

『一粒の麦が地に落ちて死んだなら多くの実を結ぶ。』っという言葉を思い出した。取材記者は、まるで精神科医キュプラーロスを地で行くようなインタビューをさりげなくそして大胆に彼女に問いかけた。

キュプラーロス女史の分厚い本『死の瞬間』を読んでいたので、千恵さんの回答は概ね予想通りであった。小さな日常的なことを奇跡と思え、当たり前のことを心から喜んでいた。命を輝かせたあっぱれな最期であった。

現在日本では、20人に一人が一生涯の内に乳がんに罹ると言われている。欧米では8割の乳がん検診が日本では、僅か1割りである。乳がんは、早期発見が決めてであるにも関わらず、日本の乳がん死亡率は、年々増加の一途である。

私は、亡くなる2日前や3日前そして一週間前のがん友たちとの最期の会話が思い出され、テレビの画面とオーバーラップをし、次から次に涙が溢れ止まらなかった。瞬きで涙をはじいて微粒子となり、眼鏡レンズに無数に飛び散っていた。

がんは、愚かである。うまく共存すれば自分も長生き出来るものを、大暴れして仲間を増やし、そしてその宿った肉体と共に死滅する。もうちょっと利口に立ち振る舞えないのか?と、説き伏せたくなる。

私の通院している国立がんセンター中央病院が最期のステージとなった模様だった。緩和ケアーの勉強会で偶然に私の主治医が意見を言っている画像が映し出された。『患者さんの望みをかなえてあげることも緩和ケアーのひとつだと思う。』・・・と。

その人がその人らしく生ききることを応援することが、最大の寄り添い方だと言われる。主体を見失い、ついつい自分中心な思いを患者に強いることがある。患者は、病気と共に周りの無理解な人たちとも闘わなければならなくなる。

そうなると、本当に悲惨であるし、がん友のそういう場面に私は何度となく出くわした。千恵さんは、周りの方たちの温かい思いやりと心底愛し筆舌に尽くせないほど感謝する恋人と、父親の優しい手による手当てを受けながら、24歳の生を全うした。

彼女の放映がきっかけとなり、命をみつめ、命を守り、命を救うことに繋がっていくことだろう。彼女の闘いと死は、まさしく勝利の冠であると私は強く思った。 

  1. 2007/07/18(水) 22:13:33|
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