毅然とした医師の態度!

今日は、学童最後の勤務の日、やっぱり、ギターを持参し“世界の子供たちが”を子供たちと一緒に歌った。ある者は、私と並んで手話で歌ってくれた。3年間充実したひと時であった。

さて、昨日、ある医師からBCCでメールが送られた。この転載は、ご本人の許可を頂いている。その医師は今まで、がん専門雑誌の質問に回答したり取材・原稿の協力をされていた。ところが、今後一切断るという内容のものである。

患者を惑わし、治療が奏効するような記事や広告には、どうか振り回されませんように。こんな毅然とした医師は珍しく、むしろ名前を貸したり、その報酬をもらったりする医師も横行している。

しっかりこういった実態を知った上で今後も治療を正しく選択して欲しいと望む。固有名詞他、個人が特定するものについては、配慮しているつもりである。取材を依頼して来たライターさんへ出したメールである。
○○様
 
貴社の編集長に以下のメールを差し上げました。
 
今月号の貴社雑誌拝見しました。
○頁に、貴社主催で、3月○○日に「最新がん治療セミナー」ということで、免疫療法のセミナーを行ったようでありますが、 下記に示したとおり、○○クリニックさんはかなり危険なクリニックと認識しております。

以前より、免疫療法に関しては、誇大広告が目立っておりましたが、最近朝日新聞や読売新聞でも一面広告を使い宣伝しております。そのたびに患者さんに説明するのがかなり大変であります。
 
本日、私の卵巣がんの患者さんで、現在行っている化学療法と、○○クリニックの免疫療法+休眠療法と併用したいという申し出がありました。

○○クリニックに受診したところ、樹状細胞療法と、休眠療法を、当病院でやっている化学療法と併用可能ということでした。

URLの表示は削除!

患者さんにそのような治療法はまだ確立されていないもので現在の治療と併用することはおすすめできない、とお話しましたが、納得していただけるまでに30分くらいかかりました。
 
私は免疫療法を否定したいという考えではなくて、研究段階の治療法は、臨床試験にてきちんと評価されるべきと思っております。

しかし、○○クリニックや○○NETのようなやり方は、患者さんに利益をもたらすどころか、不確かな治療をあたかもよい治療であるがごとく患者さんにすすめるのは、患者さんに不利益を与える危険が大きいと考えます。
 
また、臨床試験として行われていないとしますと、明らかに「ヘルシンキ宣言」違反、厚生労働省の「臨床研究に対する倫理指針」http://www5.cao.go.jp/seikatsu/shingikai/kojin/20050127kojin-sanko2-6.pdf
違反ということになります。
 
また、××クリニックはサリドマイドを乳がん患者に使うような臨床試験もどきを行っているようですが、

URLは削除!

ご存じかもしれませんが、サリドマイドは乳がんに対しての臨床試験は海外でnegativeな結果となり、
JCO2000, 18(14):2710
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/10894870?ordinalpos=23&itool=EntrezSystem2.PEntrez.Pubmed.Pubmed_
ResultsPanel. Pubmed_RVDocSum


http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/16053669?ordinalpos=8&itool=EntrezSystem2.PEntrez.Pubmed.Pubmed_
ResultsPanel. Pubmed_RVDocSum
乳がんでの開発は断念しています。

このような情報を患者さんに正確に伝えないで、臨床試験もどきを行っていることも、明らかに「ヘルシンキ宣言」違反、厚生労働省の「臨床研究に対する倫理指針」に違反していると思います。

このセミナーの協賛が、免疫療法を推進している△△株式会社という組織でありますから、利益相反は明らかです。
 
貴社さんが、このような組織、クリニックをサポートされるのは自由だと思いますが
「患者さんに正しい情報を伝える」ことが設立の主旨であった貴社に対して、これまで取材・原稿などでお手伝いをさせていただいてきましたが、今後、貴社トさんの取材・原稿などは一切お断りしたいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
 ××病院  ○○医師 より                 
 治療に迷い・思案し、不安な患者に対して、このように憤りをもって、毅然と立ち向かって下さるお医者さんがおられると思うと、大変心強い限りである。

当初は、宛先を間違えられたのかしら?と、確認したら、患者会などでもこのことは、大変重要なことなので、BCCでお送りした・・ということであった。

こんな医師と知り合いになっていて本当によかったと思うのであります。どうか、皆様もうまい文句には、騙され惑わされませんように・・。毅然と立ち向かって下さるこのような医師のご熱意をどうか無駄になさいませぬように。 
 
 
  1. 2008/03/31(月) 19:38:10|
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悲しい報せ!

今日は、中島みち著『悔いてやまず』毎日新聞社の感想でも書かせて頂こうと思っていた。でも、先ほどごく親しい友人のお兄さんが急死されたことをご本人からお伺いし、私までも何だか力が抜けてしまった。

羨ましいほど仲がよく、そのお兄さんに私も会ったことがある。先ほど友人と二人でお茶を飲んだ。言葉はお互い少ない。そのお茶を飲んだ湯飲みは、その兄妹から頂いたものだ。肉親でもない私までも涙がジワリと溢れてくる。

2日間のわんちゃんのお世話を頼まれる。お家の鍵も預かる。こんな友人が与えられていることが何だか幸せと感じる。困った時に、頼りにされてお声をかけて頂ける。何てありがたい。このお互い様の関係。

互いに家の鍵を預かり、家庭の中の全ての話題を共有する。借金の保証人には勿論ならないが、高校入学時の保証人とか就職の保証人とか、子どものマンションを借りる時の保証人とか、互いに信頼して年収の欄まで書いてくれる。

私は、人に躓かれても仕方のない人間だけど、こうして温かい人たちに囲まれて幸せだと思う。今夜、ばんばらけの部屋に上がってくれて、二人で死について語り合った。

死は誰にも与えられているけれど、日々の生活で意識はしていない。でも、今回のように急死ということもあるから、やはり常日頃それを踏まえてすべての準備をしておきたいものだと話し合った。

外は悲しみを覆うような冷たい雨が降っている。本当は、昼下がり桜を愛でながら遊歩道を散歩しようと思っていたのに、互いのすれ違いで最近はゆっくり話すことも出来なかった。

久しぶりの二人のひと時が、お兄さんの急死だなんて、何だかとっても寂しいの。明日、ギター片手に学童の子供達とお別れをしようと思ったけれど、今、そんな気持ちが削がれてしまった。

歌は、やっぱり楽しい気分でないと歌えない。

  1. 2008/03/30(日) 22:36:16|
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楽しかった3年間!

実は私は、隣り町のK小学校で学童保育サポーターとして3年間務めた。今日、その仲間で送別会というかランチオフ会を開いた。何と、12時半から始めて6時まで居座ってしまった。

参加したのは4人。豆蔵という自宅を開放した賄い処でのひと時。私は、先日の面接で、『学童3年しか務めていないのですが・・』と言ったら、面接官から『3年お勤めになったのですか?』と、逆に珍しがられた。

今は、3年の勤務年数は、貴重ということなのか。私の世代では、当たり前であり、むしろ3年なんて短すぎる・・と思うのに・・・。時代の価値観はものすごいスピードで変化しつつある。

さて、この3年間、毒気の強い私を受け入れてくれたのは、やはり職場環境に恵まれた・・ということだと思う。私は言いたいことを言い、問題点を指摘し続けた。様々なことがあれよあれよという間に気持ちいいほど改善された。

それは、先輩サポーターが私という新参者を無条件に受け入れてくれたからだ。それがなかったら、楽しかった3年間・・・と、感謝してお別れできなかったかもしれない。

お仕事をするということ、お給料を頂くということは、そんな簡単なものではない。公務員に一旦採用されると、その身分はよっぽど反社会的なことをしないかぎり保証される。

しかし、準公務員であったり、オフィスサポーターであったりすると、その立場はえてして不安定であったりする。が、継続したい意志があれば、勿論尊重される。

私は、効率の悪い(ほぼ毎日の短時間勤務体制)この勤務に、どうしても、時間的ゆとりがなく、3月31日付けをもって辞職する。 子供達が大好きだけど、患者会の活動をしつつの毎日は負担が大きい。 地域に根ざした活動だけでなく、都内でこの秋開かれる患者大集会(2000名規模)の実行委員にもなってしまった。

さて、
明後日は、最後の勤務の日。子供達にお別れの挨拶をするつもりである。単なるさよならではつまらない。“世界中の子供達”と“思い出のアルバム”なんか、練習してギターの弾き語りしようと思っている。

せめてフォークソングの面白みでも最後に感じてもらえればなぁ〜と思っている。

先日、小学1年生とスピードというトランプのゲームを一対一でした。絶対私は手を抜かない。バタバタとオーバーアクションで私はようやく勝った。思わず『やったぁ〜。お母さんが勝ったぁ〜。』とポロリと口からもれた。

『何だよ。お母さんじゃね〜だろ!先生だろが・・』と、口惜しく冷ややかに言われた。私、燃えすぎてしまったかな?またある時は、『先生。おままごとしようよ』と、声をかけられる。『じゃ〜あなたがママね。私はその子どもでいいよ。』と、言った。

すると、『先生は、ひいばあちゃんでしょう。』と、言われた。抵抗するけれども、『普通に先生の歳ならひいばあちゃんでしょよねぇ〜。』と、周りの賛同を得て、言い含められた。

そうだよなぁ〜。半世紀も余分に生きているんだもんなぁ〜。と、自分に言い聞かせたけど、納得出来ないので、ママ役のお姉さんということで話がついた。(笑)

お遊びだけなく、勉強も見る。でも、小学3年生までなのでそれは誰でも出来る。でも、教員免許とか、保育士の免許、幼稚園教諭の免許は必要のよう。

私は教員免許取得者なので、学童の働きを見ていると、保育というよりやはり、教育面の方にウエイトがあると思うのだが、児童を扱うのに学童保育なのだそうだ。この名称、現場の実態とちょっとズレがあるような気もしないでもない。

もう、教育現場に身を置くことは今後ないのだと思うと、果てしなく寂しさが押し寄せる。


  1. 2008/03/29(土) 19:43:07|
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第9回シャローム患者会

12時、生涯学習センターロビーで埼玉新聞社の記者さんとお会いする。開口一番前回の失礼を陳謝する。『大丈夫ですよ。そんなに気になさらないで下さい。』と、優しく許して下さった。

ボランティア室使用の申請をしなおし、12時から使わせて頂いた。事前の取材1時間はあっという間に過ぎて行き、次々に会員さんが集まった。

今日の出席会員は、男性8名女性9名の計17名。それに記者さん。まず、決して諦めないで、いつも前向きにがんと闘った会員の訃報をお知らせした。彼女の闘い様は彼女の生き様だった。

一歩先行く先輩患者としてその闘いの姿を私達に見せて下さっていた。彼女が残した闘い方や言葉は、我々の尊い財産となり、語り継がれて行くことだろう。私達は、静かに黙祷をささげた。

今日は、新しい方3人の自己紹介から始まった。後は、いつものように話があっち飛びこっちしながら和気藹々と笑ったり歌ったり語り合ったりして時間があっと言う間に過ぎて行った。。4時過ぎても部屋を空けない我々に今日は珍しく事務所から催促の電話がなった。

今日一番印象に残ったのは、消化器がんを患いこれから抗がん剤を始めようとされる方の言葉だった。『ちょっといいですか? 出久根 達郎さんという作家ご存知ですか?その方の新聞記事のコラムを皆さんに紹介したいのですが・・。』と、おもむろに口を開かれた。

読まれているうちに、ご自分の心境と重なったのか、時に涙声となり、時に言葉を詰まらせながら読み上げて下さった。この会を互いの思いを吐き出せる場所として、また重荷を下ろせる場所として、みんなで大切に育てようという確認が出来たような気がした。

4月18日(金)はカラオケ。女性だけのランチオフ会。5月はバーベキューパーティーと、5月30日の定例シャローム会。

3月31日で今のお仕事を辞職し、4月からのお仕事は不採用となり、ゆっくりする時間を与えられた。このことを感謝な導きと受け止め、しっかり会の充実を図りたいと思っている。そして講演会体験談のお仕事にも力をいれていこうと思っている。


悩み 言葉にしてみる ー出久根 達郎さん 作家ー

生きている限り、悩みは尽きない。悩むことは生きている証拠とも言える。
悩みのない人は、一人としていないということである。

それは、悩みには、特別の解決策がない、という意味でもある。

昔の人は、どのように悩みを克服していたのだろうか、と考える。
いろいろな人の本を読むと、まず、気の合う話し相手がいる、ということである。

その人は聞き上手である。適切な助言をしてくれるわけではない。
こちらの悩み事を、まるで自分のことのように、真剣に聞いてくれる。
聞いてもらうだけで、悩みは半減する。

大事なのは、胸の中にしまっておくのではなく、言葉に発してしまうことだろう。
しゃべっているうちに、悩みの本質が見え、こうすればよいのかも、
という解決の糸口がつかめる場合もある。

話し相手がいない人は、文章にしてみるのも手だろう。自分で読むのである。
言葉が励ましてくれる。

 

  1. 2008/03/28(金) 20:51:59|
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桜散る!

3月20日の面接から一向に連絡がないので、こちらから電話を入れた。どうも本部から連絡が昼間入っていたようであるが、私が不在だったようだ。関連ブログ記事は下記の通り。

3月20日
http://sugitocancer.blog87.fc2.com/blog-date-20080320.html

3月24日
http://sugitocancer.blog87.fc2.com/blog-date-20080324.html


実は、このお話は大阪に単身赴任中の夫からのものだった。夫の知人で全国規模の会社の社長さんから、『奥さんの知り合いで働いてくれる人はいないか?』と尋ねられたことに端を発している。『4月から平日2日でいいなら私やりたい!』と、手を挙げたのだった。

直営店であったり、フランチャイズであったりするのだが、私が面接したところは直営店であった。もし、私が条件に合わないので不採用だったと、夫がその社長さんに報告すれば、もしかして不採用は撤回になるかもしれない。

いやいや、本部の決定を受け入れるかもしれない。が、実はこんな会話を夫と社長さんは交わしていた。『妻が面接を受けました。感じのいい面接官だったと言ってました。』と、告げると、『奥さんに働いてもらえたら助かる。よろしくお願いします。』と社長さんは言ったという。

我ながら随分勝手な条件を提示しているなぁ〜とは思ったけど、そんな訳で『きっと大丈夫かも・・』と、ちょっと高を括っていたかもしれない。鼻持ちならないパートさんだこと。

不採用を知った社長さんの一声が、今後よしんばあったとしても、私はもうその気は勿論ない。コネクションで雇ってもらっても、肩身の狭い思いをするだけだし、これは、むしろ私にとって最善の道が備えられた・・と思っている。

今日も、シャロームにお電話があった。明日の患者の集いに参加させて下さい・・というものであった。また、先日も、ご相談のお電話があったばかりである。

桜散る!『ショックはない・・』と豪語していたけど、やっぱり多少はショック!ちょっち涙が出そうになる。あはは。杉戸町の方から『杉戸の学童は如何ですか?』と、声がかかる。でも、だめだめ!毎日勤務は、負担が大きい。

先日の講演会のお話は、実現しそうなのでそれ一本に絞ることにしよう。パワーポイントの作成の仕方も分らなくて、私の場合ワードを添付して先方で作成して下さることになっていた。

しばらくゆっくりしてパソコンでも習いに行くことにしよう。
桜散ったので、“一番絞り”で慰めようかな? (笑)

★ご自宅で読み終わったがん闘病記やがん専門書などがありましたら、是非、献品して頂けたら幸いです。いつの日か、和光市の図書館のように、がん専門コーナーの設置が出来たら・・というのが私の夢です。

その時のための準備です。一応3年をメドとしています。60歳のサプライズかな?そして、講演会などで得た報酬を貯めておき、いつかきっと、新刊書の他にも献品の本で埋め尽くしたいと思うのです。まぁ〜。これも取らぬ狸の皮算用かも・・。がん患者会シャロームのホームページのメールボックスからご連絡頂けたら幸いです。

 

  1. 2008/03/27(木) 21:17:55|
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MY HASHI キャンペーンってご存知?

MY HASHI (マイ箸)推進プロジェクトキャンペーンってご存知?ここ何日か、中国産の割り箸の危険性についてテレビなどで報じている。

何だか、水槽の中に中国産の割り箸を入れておくと一週間で金魚が死んでしまった・・という。割り箸には、防かび剤や漂白剤が使用されている。

熱湯にさらすとそれらが溶け出すことも確認されている。また、2003年厚生労働省が中国産割り箸32製品を調べたところ、うち7点から二酸化硫黄が検出された。

例えば、漂白剤に使われる塩素は体内で胆石を形成し、発がんの恐れがあること。二酸化硫黄は、咳・喘息など呼吸器系に影響を及ぼすこと。また、漂白剤のオキシドールは、強烈な腐食作用があり、口腔・食道・胃腸などの粘膜に害を与えるとされている。

最近は、原産国表示のない隠れた危険な商品がある・・という。もうそうなると防ぎようがないが、せめて中国産と表示されている物に限っては、安全が確認されるまで見送っておいた方がよさそうだ。

何様、中国は安全軽視であったり、偽者が平気で横行していたりする。ルールやモラルを守らなくても売れる・・という構図が、本気になって取り組まなくて済むという悪循環がある。

エコの視点から使い捨ての割り箸は使わないでMY HASHIを持ち歩くことと、中国製品は安くても買わない。という運動が浸透していく時、中国政府も本腰入をれて対策に乗り出すのかもしれない。少なくとも私は、中国産は敬遠したい。

がん患者が更に発がん性物質が体内に入ったら、健常者よりも別の新しいがんになる(多重がん・重複がん)可能性が高いのだから・・。くわばら・くわばら。

  1. 2008/03/26(水) 22:44:05|
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これもまたお仕事!

今日は、新御茶ノ水まで出かけて、4月以降のお仕事?についての説明を受けた。このお仕事・・というのは、講演会などで私の体験談を発表することで報酬を頂ける・・というものである。

聖橋を渡り、順天堂大学病院と東京医科歯科大学病院の間を通ってすぐのところにオフィスがあった。この順天堂には、がん友が最期を迎えた病院であり、何度も足を運んだところだ。

聖橋は、そのネーミングとは裏腹に、ある季節になるとドブの臭いがして強烈に鼻をついた。脳転移をしてまったく動けなくなった彼女は、どんなに辛かったか・・。寄り添うなんて綺麗ごとではやれるものではない・・と、彼女は私に教えてくれた。

思い返すだけでも恥ずかしくなる。長期に亘る入院で、友人達の見舞いの足は遠のいていた。たった一人の肉親のお兄さんも、手続きなどの必要な時だけ顔を出しておられるようだった。

その不満や苛立ちの矛先が私に向けられた。告別式で分ったことだったが、その煽りを受けた別のがん仲間は、とうとうそれに耐えかねて、彼女の見舞いを途中から投げ出した・・いや、そうせざるを得なかった・・と聞いた。

私は、最期までお付き合いをするにはしたが、一度だけ、『もう帰る。』・・と、5分も立たない間に病院から腹を立てて帰ったことがあった。本当に非情なことをした・・と、今でも自分を責めることがある。

癌研有明病院の緩和ケア科部長の向山先生にこのことをご相談したことがある。『怒りを吐き出せる場所があることは、患者さんにとって幸せです。』という言葉に、目からウロコだった。

そんなことを回想しながら、気ぜわしく行き交う人ごみの中に私の身も任せた。今日は、順天堂の裏手にある杏雲堂病院に入院しているシャローム会員さんをお見舞いするはずだったのに・・。

昨日のブログで書いたように、その方は、3月10日にご逝去されておられた。今、私は『悔いてやまず』という中島みちさんの本を読んでいる。肺がんで亡くなったご主人の誤診に至るまでの過程やがん末期を告げなかった心情などが綴られている。

シャロームの会員さんは、そういう意味では、全てを知り尽くしていた。むしろ彼女が医師を育てたような場面もあるから本当に稀有な偉大な方だったと思う。

彼女の原発から来る肝臓転移には、ラジオ波は、適応ではなかった。しかし、彼女は、果敢にそれに挑んだ。その熱意にほだされ、主治医の紹介で他の病院でラジオ波を受けた。何と、もぐら叩きをしながら4年近く小康状態を保った。

それからというもの、その彼女の症例から次々に肝臓転移治療が塗り替えられた・・と、彼女から伺ったことがある。学会にも発表されたとも・・。そんなシャローム会員さんとの触れ合いの日々や順天堂のがん仲間のことなどを回顧しながら、今日のお仕事のことを思った。

出会い別れ・出会い別れの繰り返しの中で、今生きている私もまた命を繋ぐための作業をしなければならないのだ・・と思わされた。

講演などで頂いたお金は、ストックをしておいてまた社会の為に還元できたら・・と思っている。

  1. 2008/03/25(火) 21:44:00|
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更なる別れ!

先日面接した会社から今夜お電話が入る予定だったけど、ついぞなかった。友人から、『桜は咲きましたか?』と、心配してメールを下さった。

雇用者側からすれば、私の条件は決して良いとは言えないので、半ばあきらめてはいるからたとえ不採用でもきっとショックは少ないと思う。

それよりも、明日は、講演会での体験発表の打ち合わせが御茶ノ水である。起用されるかどうか、これも面談内容によっても左右されるのだと思う。いずれにしてもお声がかかったことをチャンスと受け止めただ、前に進むのみである。

さて、
28日(金)の“患者の集い”の出欠確認のお電話を会員さんに入れた。そんな折、会の重鎮で聡明でよくお宅に招き入れて下さっていた会員さんがお亡くなりになられていたことを、今日知った。

会員さんは、『親戚だけの密葬でお願いね。』と、まさしく死を真正面から見据え、そのご葬儀まできちんとしきられていた・・と、ご主人様からお伺いした。

初発から18年後に転移をし、その後6年間闘い抜かれた。彼女には親切にして頂き、『会長としてしっかりやってね。こういう会は、本当に必要なんだから・・・。』と、言われていたことを思い出す。

『会長じゃなくて、代表だってば・・。』という私に、『どっちだっていいじゃん。同じようなもんよ。上がってく?上がんなよ?遠慮なんか要らないから・・。』と、本当に気さくにいつも声を掛けて下さり、いろんな物を、『食べて・食べて。』と、よく勧めて下さった。

昨年から今年にかけてすでに会員さんを5人も見送った。本当に辛く、悲しく、憤りすら感じる。然し、全ての人に死は訪れ、その命の権限は我々にないことを思う時、この死という営みをただ峻厳な思いで受け入れざるを得ないのだと思っている。

先人達がその死に様を我々に伝える。だからこそまた自分の番が来た時、きっと誰もみな乗り越えられるのだろう。そしていつかまた私の命も次ぎの世代へと綿々と繋がっていく。

『私の死は、誰にも言わないでね。』と、そっと静かに旅立った彼女の思いが、痛いほど分る。そして、彼女らしいその気配りと優しさと、潔さを、私は決して忘れない。『いっぱいありがとう・・』と、素敵な彼女に感謝をささげたい。

  1. 2008/03/24(月) 22:47:28|
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私も危うく被害に・・!

下記の新聞記事は、高齢者のみならず、実は同じような被害に私も遇いかけたことがある。結婚の時に用意してもらった多機能のミシンは、厚地が縫えなくすぐに糸がからまり大変往生していた。

まだ大阪に住んでいた時、その新しいミシンの修理に来てもらっていたお店の方に、旧式で足踏み。黒いアームのミシンが手に入らないか・・と、頼んでおいた。間もなくレトロなミシンが我が家に届いた。

大阪から東京転勤となり、越谷2回そして杉戸へと3回引越しをしている間に、そのミシンもついに動かなくなった。そんな折、新聞折込でミシン修理一律1,000円というチラシが目にとまった。

春日部にあるミシン屋さん?だったので、出張費も含めて1,000円ならお安いとすぐに電話をしてみていただいた。職人さんだと思って依頼したのに、実は販売員だったことが後で分ることになる。

そのミシンを形式的にみて、すぐに『このミシンはかなり古く、直すとなると高い。1,000円で直せる範囲でない。ところで、この新製品は如何ですか?』と、ミシンの販売に入った。ミシンは3階に置いているので門前払いはもう出来ない。

マシンガントークのようにしゃべり始めて止まらない。怖くなった。『すみません。我が家には、すでに2台ミシンがあり、これがなくてももう一台の方で何とかなるので、ミシンを購入するつもりはないんです。』と、買えない意志をはっきり伝えるのであるが、

その販売員は、一向に帰る素振りはない。そしてどんどん声を荒げるようになり、買うというまでがんとして動きませんよ・・・という風であった。根負けして契約してしまえば、この場から逃げられる解放される。そんな気持ちにさせられる。

でも、どう考えても我が家にミシンは3台も必要ない。私は、もう謝罪する他方法がない・・と思った。ジュータンに頭をこすりつけるがごとく、『大変。申し訳ありません。春日部からわざわざ来て頂き、こうして見て頂き、本当にありがとうございました。でも、我が家には、新しいミシンを購入する金銭的余裕が今ないのです。』

『バブルがはじける前にこの家を建て、返済で大変なんです。いくらローンでもよいと言われても、今生活するのがやっとなんです。本当にごめんなさい。私の一存では、こんな高額のミシンは買えないのです。本当に申し訳ありません。』と、何度も何度も謝った。?もう、この術しかこの場を逃れる方法はなかった。そしてこちらも、一歩も譲らなかった。

すると、道具箱(これは、実は見せ掛け)を乱暴にたたみ、スッと立って、『分りました。折角来て上げたのに・・。』と、捨て台詞を言って帰って行った。結局、1,000円を支払った。直してもらわなかったけど支払った。本当に怖かった。やたら人を家に上げるものではなく、こういう時は、近所の友人か誰かに付き合ってもらうほうが安全だと思った。

今にして思えば、消費者センターに連絡だけ入れておけばよかった。被害に遇わなかったのでそこまで頭が回らなかった。結局、当時幸手Dマート前のミシン屋さんで、古いミシンを分解掃除してもらって3万円ですっかりまた復活した。

やはり、美味しい話には裏があるのだと学習した。皆様もご用心!

JUKI子会社が高齢者に次々販売

2008年3月20日(木)03:39

  • 産経新聞

 工業用ミシンメーカー「JUKI」の訪問販売子会社「JUKI家庭製品」(東京都府中市)が、認知症の高齢者らに高額なミシンや宝石を次々に売りつけたとして、経済産業省は19日、特定商取引法違反(勧誘目的不明示など)で、同社に20日から6カ月間の業務停止を命令した。200万円以上の高額契約が多く、各地の消費者センターなどに数百件の苦情が寄せられているという。  

 経産省によると、神奈川県内に1人で住む認知症の70代女性は、4年間でミシンや宝石など61点を約2400万円で購入させられた。販売員は女性が認知症と知りながら、典型的な「次々販売」の手法で商品を売りつけていたという。  

 同社は昨年4月1日に設立され、それ以前は親会社のJUKIが訪問販売をしていた。販売員は「ミシンを無料で点検する」と訪問し、「修理不能」などといって強引に商品を販売し、契約解約を申し入れても応じていなかった。

 親会社のJUKIは「処分を厳正に受け止め、ご迷惑をおかけしたお客さまにおわび申しあげる」とコメントした。

 

  1. 2008/03/23(日) 23:15:15|
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大失態!

私は、自分の人生の中でこんな大失敗をおかしたことがない・・・と思うようなことを今日してしまった。自分でも信じられない程の大失態だ。実は、今日(3月22日・・・日付は変わっているが・・)は、埼玉新聞社の取材を受ける日だった。

杉戸生涯学習センター内の障がい者自立支援喫茶ほほえみで14時の待ち合わせをしていた。確かに私は約束をした。それは、まったく間違いない。だけど、前代未聞、私はうっかりスケジュール帳に書き忘れてしまった。

私にしてみれば有り得ない話。でも、現実に起こってしまった。今日は、こともあろうに土曜日、いつも勤務中であろうともシャローム専用携帯電話は受信する。だけど、今日は休日、うっかり携帯電話を携帯しないで外出をしていた。土・日は、どうしても気が緩み携帯を忘れてしまう。

14時12分・14時31分。15時。記者様からシャローム携帯に電話を頂いていた。約束から1時間も待っていて下さっていたことになる。否それ以上かも・・・。私は、16時24分外出から帰りシャローム携帯をチェックすると埼玉新聞 記者様から着信が入っていた。

私は、約束をしていたことなどすっかり忘れているので、『シャローム代表です。今日、お電話いただきましたでしょうか?』と、暢気にすまして電話を掛けなおした。

『今日、14時にお約束していましたよね。』と電話の向こう。・・・・・。しまった!もう釈明も弁解もない。『うゎ〜。そうでした。どうしましょう。すみません。すっかり飛んでました。』平身低頭ただ平謝りをするしかない。何てことをしてしまったのだろう。ここ最近、こんなケアレスミス・ポカミスが続いている。

こんな大失態は、本当に生まれて初めてかもしれない。約束をすっぽかした・・・ではない。約束をすっかり忘れていたのだ。でも、これをすっぽかすと言うのでしょう。ほとほと自虐的になる。

もし、私が覚えていて用事で約束の時間に遅れるなら必ず電話を入れる。電話を入れないということは、私の午後の予定に入っていなかったということなのだ。

埼玉新聞社のKさんは、『私が、前日に確認しなかったのが・・。』ということを口にされ始めた。私は、即座に遮った。『違います。私が全面的に悪いのです。本当に申し訳ありませんでした。』と、陳謝した。だって、子どもの約束じゃあるまいし・・・。

もう、どうしようもなく情けなくて申し訳なくて、私は多大な迷惑をKさんに被らせてしまった。それも、まだお会いしたこともなく、今日は初対面の日だったというのに・・・。

家族サービスの機会を失わせてしまった。まったく非生産的な時間を費やさせてしまった。失礼極まりない言語道断な顛末。

そうこうするうちに、今日は、4時59分の電車に乗り、大宮で1月23日に亡くなったがん友の偲ぶ会をご遺族と一緒に行う日だった。うかうかしてるとそれにも乗り遅れる。

17時40分野田線改札口で、亡きがん友のご主人と告別式後初めて再会する。お痩せになっている。開口一番、『私、今日、大変な失態をやらかしたんです。かなり気持ちが落ち込んでます。』と、挨拶代わりに言った。

ご主人は、『それは、大変なことですよ。本当にやばいですよ。どうしたんですか・・。』と、企業人らしいコメントが返って来た。当然と言えば当然な返答。

ふと思い出した。いつも遅刻をする私は夫によく叱られた。企業人の夫にはそれは、信じられないことだし、有り得ないことなのだ。それが元で、よく夫婦喧嘩勃発となった。

でも、遅刻するのは、約束の遂行が遅れるだけできちんと約束を覚えているのだ。ただ、諸般の事情で時間内にいけないだけ。

だけど、今日私は約束を忘れていた。それも、こんな弱小患者会に目を掛けて頂き、新聞紙に取り上げてあがようと新聞社側から申し出て下さったありがたいチャンスだったのだ。

どうしてだろう。どうして忘れたのだろう・・と、頭を抱えて自信なくうなだれる。『ごめんなさい。本当に申し訳ありません。ご迷惑をお掛けしました。』何度謝っても謝りきれるものではない。

チャンスは前髪でつかめとは、やってきたチャンスの前髪はあるが、それを掴み損ねたら、そのチャンスの後ろ髪はない・・・ということらしい。そんな格言が去来した。

『もう一度、チャンスを下さい。』必死な思いだった。次回の顔合わせのチャンスを得たのは、どういうシチュエ-ションだったかは忘れた。が、兎に角、3月28日のがん患者会シャロームの集いの前にお会い出来ることになった。私は、春日部方面に足を向けて寝ることは絶対にしない・・・と心に誓った。 心からKさんの懐の深さに感謝している

何だか、補足になってしまったが、偲ぶ会は、私の好きな一番絞り(ビール)を存分に頂いた。亡き友人のご主人の会社がキリンということもあり、一番絞りを扱ったお店をご主人が探して下さっていた。ご主人は、偲ぶ会お開きの前に『また、こんな偲ぶ会やりましょうよ。いいですか?』と、誘って下さった。

『勿論です。ありがとうございます。嬉しいです。でも、息子さんも一緒なら・・・。』と、条件をつけた。だけど、10時頃偲ぶ会は、お開きとなり、私は、ご主人の了解のもと、我が家の長男と同い年の亡きがん友の次男ちゃんと二人だけでデートをした。

それは、何だか、亡きがん友にに代わってどうしても言って置きたい母親のような気持ちがあったからだ。彼は、真摯に私の話に共感を持って耳を傾けてくれた。私の役目をまたひとつ終えることが出来たと勝手に思っている。

3人で泣いて飲んで、亡き友のよき偲ぶ会が出来た。私の失態がなければ、もっと更に美味しく私の大好きな“一番絞り”を飲めたかもしれない。自業自得である。

それにしても、埼玉新聞春日部支局様には、今日の約束不履行に対して寛大なお許しを頂けたことに、ただただ、深謝するものである。『3月28日12時・・・』という張り紙を部屋のあちこちに張り巡らせていることは言うまでもない。

  1. 2008/03/23(日) 01:20:26|
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ご相談の電話!

最近、ご相談のお電話を頻繁にお受けするようになる。今日は、国立がんセンター中央病院の情報室に置かせて戴いているリーフレットをご覧になってシャローム専用にお電話をかけてこられた。

仕事中のお電話だったので、夜、固定電話の方にかけなおして頂くようお願いした。お約束の時間に電話がなった。しかし、相手は電話番号非通知設定。私は、非通知は、受信しない設定。固定電話同士では、会話出来ないことになる。

私の方からは、掛けない。掛ければ限がなく我が家の電話代が跳ね上がる。夫が働いているのは、家族を守るためであり、他人を救うためではない。シビアかもしれないが、最近は地方からもお電話を頂くこともある。

情け心で掛けなおしたりしていると、慈善をしているつもりが積もり積もって相手を受け入れられなくなってしまう。それだけは回避したい。勿論、時と場合にもよるが、基本的には相談がある者が電話代を持つ・・というのが基本姿勢。

たとえ非通知設定でも、186を電話番号の頭につければ非通知が解除される。また、その反対で非通知設定にしたい場合は、184を頭につければよい。

そうだ、そういえば、先日も、ある友人からがん患者さんに代わって私のところに電話を掛けてきた。どうしてがん患者本人が電話をしないか・・というと、自分の電話番号が相手の着信履歴に残るから・・とのこと。

正直、その程度の気持ちのゆとりのある方なら、がん患者会は必要ないのでは・・と、私は思った。がんというセンシティブな病だからこそ最大限、相手のお気持ちを尊重する。

しかし、ご自分の連絡先をがん患者の代表に知られたくない程、気を使われる方であるなら、きっと、たとえ会員になったとしても、胸襟を割ってお話をされることもないと判断した。

私の知人には、ご丁寧にお断りをした。『まだ、その方は、機が熟していないのだと思う。会の模様もすべてご本人に直接お話をさせて頂いているので、その気になったらまたご本人からお電話をかけて来て下さい・・。』と、伝言を頼んだ。

患者会員としての立ち位置は様々であっていい。しかし、自分を名乗ることと、連絡先と、がんの部位・・・これだけは、最低でも教えて頂かなければ、いくらなんでもお話にならない。

ご相談のお電話が会員に繋がることもあればそうでない場合もある。今日の方は、都内在住の方であり、がん患者会シャロームにご興味をお持ち・・というよりも、気軽に今のお気持ちをお話されたかったのだと思う。電話を切られる前に、『また、お電話してもいいですか?』と、言われた。私は、患者会の役目を果たせたと思った。


  1. 2008/03/21(金) 21:07:05|
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面接試験!

今日は、雨の中、電車とバスを乗り継いで、在る場所まで4月からの職場面接に行って来た。責任者の方と、こ一時間かけて様々なお話をお聞きし、また尋ねられた。感じのいい面接官で本当によかった。

履歴書も写真も今日の午前中にジョイフル本田で購入、時間がなかったので、スーツ姿で店内をまわった。やはりホームセンターにスーツやIBIZAのバッグは似合わなくむしろ気恥ずかしささえ覚えた。そして、出来立てホヤホヤの写真と履歴書を持参した。

週2日しか勤務出来ないこと、第三日曜日(フリマ)とその前日の土曜日(値付け)はお休み。基本的には日曜日もお休み。他の土曜日ももしかして、体験談を語る講演会のオファーが入るかもしれない・・・。

平日も6月から(5月に研修)週一で病院のボランティアも入るかもしれない。等休みの希望がやたら多い。それに57歳。

こんな随分勝手な私のような者でも採用されるのだろうか?もし不採用でもまったく異存はない。でも、週2日くらいの収入は、正直欲しい。夫の仕送りで足りない訳ではない。しかし、自分で得たお金で誰にも遠慮をせずに自由に使いたいと思う。

『いやいや、働かなくても必要なら出すよ・・』と、夫は言ってくれる。子育て中なら夢中で母親業に専念できたしそれこそ、時給に換算すれば、かなりの金額分働いたと思う。

しかし、今子ども達も手が離れて独立し、夫も単身赴任中で、私は手抜き主婦真っ只中である。だから今までの学童の仕事が出来た。

しかし、ほぼ毎日勤務であることと、特に学校が休み(夏休み・冬休み・春休み)の時は、朝から夜まで勤務となる。(3月31日までしっかり勤務が入っている。)

心にも体にもゆとりがなく、がん患者会シャロームの活動も片手間となってしまう。今日のような職場で週に2日働くことで、主婦としても自立し、空いた時間でボランティアや患者会の活動が出来る。

もし、採用されれば、これ以上の充実した人生はないのでは・・と思うくらいである。さて、面接後、性格診断テストがあった。100の質問に簡潔に答える。

分らないところは、質問もしてよい・・・。何番目かでペンがとまった。『お友達(男性・女性)がつくれる?』という項目のところで、『既婚者と独身者とは違いますよね。既婚者がそう簡単に男性の友達作ったら、家庭騒動のもとですよね。』などと、質問したりした。

『そうですよねぇ〜。』と、責任者も困惑しておられたので、『すみません適当に答えますね。』と、回答を続けた。次に計算問題が出た。これは、5分以内にどこまで正確に出来るか・・ということなのだと思うが、間違っているかもしれないけど、順調に進めた。ところが、最後の方で、『あっ。しまった。これ足し算だった。』と、口にした途端。5分経過!計算終了!

『そうなんですよ。それ引っ掛け問題なんですよ。』とのこと。 まんまと引っかかっちゃた!最後まで引き算しちゃいました。

パソコン入力早打ちテストなら誰にも負けないんだけどなぁ〜。そんな項目面接試験にある訳ないし・・。さて、合否は月曜日夜。また結果をご報告しますねぇ〜〜〜。桜咲く・・って書きたいなぁ〜。

  1. 2008/03/20(木) 19:39:06|
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じゃが芋の発がん物質!

あげる前に水に浸すことでじゃが芋の発がん物質を軽減

ジャガイモを揚げる前に水に浸すことにより、発癌(がん)物質として疑われているアクリルアミドの形成を抑えられることが、英国の研究で明らかになった。

研究者らは、アクリルアミド形成を著しく減少させることで、健康リスクも低減するとしている。

アクリルアミドは、でんぷんを多く含む食品を揚げる、蒸す、焼く、あぶるなど、
高温で調理した際に形成される。さまざまな食品に含まれており、健康に悪影響を与え、動物で癌を発生させることを示唆する研究もある。

研究では、揚げる前にジャガイモを洗う、30分間水に浸す、
2時間水に浸すの3種類のアプローチが試みられ、それぞれ、アクリルアミドのレベルが23%、38%、48%低減することが明らかになった。

ただし、これは軽く揚げた場合の結果であり、
キツネ色になるまでしっかり揚げた場合にも同様の効果があるか否かは不明。

研究結果は、科学誌「Journal of the Science of Food and Agriculture」オンライン版3月6日に掲載された。
貼り付けがうまく行かず、ご容赦願いたい。以前、ポテトチップスの発がん性が報道されたことがあったが、(手元に資料がなくて大変申し訳ないが・・)いずれにしても、しっかり水に浸すことでその発がん物質は、軽減されることが判明したようだ。

それでは、水につけることで栄養価はどうなるのか・・。複合的な発表をしてもらいたいと、主婦の私はそう思うのであるが、何かこういうデータっていつも一面的って思いません?
 
  1. 2008/03/19(水) 21:24:21|
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シンポジュウムのお知らせ!

次男が帰宅し、ちょっと忙しくしています。

下記のシンポジウムが開催されます。私も早速、参加をメールで申し込みました。期せずして、杉戸町でも、仮タイトル『日本の医療を良くしたい。』という講演会を11月9日に開催します。予備知識として受講したいと思います。それにしても、錚々たるメンバーですね。


4月12日記念シンポジウム参加者募集
 シンポジウム参加者募集

医療議連総会記念シンポジウム開催のお知らせ
この度、国民的な議論の喚起と必要な政策の実現を図るべく、下記の日程にてシンポジウムを行うことに決定いたしました。参加ご希望の方は下記の投稿フォームからお申し込み下さい。

日時:4月12日土曜日 18時〜20時
http://www.iryogiren.net/boshu/080412.html

会場:日比谷公会堂 

主な出席者(予定):
舛添 要一厚生労働大臣
土屋了介医療顧問

尾辻秀久参議院議員(自民党)
仙谷由人衆議院議員(民主党)
他 議員連盟役員およびメンバー

参加者
議連会員議員 患者・患者家族 医療関係者 一般希望者

参加費
1000円

  1. 2008/03/18(火) 21:31:40|
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またやっちゃった!

今日は、生まれて初めて相模大野に足を踏み入れた。ロータリーからバスに乗る。北里大学病院に行きたかったのに、手前の北里大学東病院前で降りてしまった。

これってないよな・・と思う。北里大学東病院前という車内アナウンスがあったので、きちんと運転手さんに、『北里大学西病院ってあるんですか?』と、聞いたら、『ありません』と、確かに言った。

だから下車したのに、診療案内には、私のかかりたい科がない。おかしいと思って友人に電話したら、『北里大学病院本院』だという。紛らわしいなぁ〜。この2つの病院。

同じく乗客が私と一緒に間違って下車した。兎に角、何故か北里大学病院という大きな建物の停留所が2つ。それも、その間は、バスで7〜8分かかるから相当の距離。

それにしても、相模原市は、人口70万人強というから、ものすごい大規模都市だった。政令指定都市以外では、岡山市を抜いて日本一とか・・。

杉戸町の人口5万弱とは、えらい違い。それでも何故か、妙に落ち着く。望郷に似た感覚にずっとおかしいなぁ〜と思っていたら、院内レストランの眺望からすぐに謎が解けた。それは見事につらなった山々にあった。

山の名前は知らないが、その連峰がまるで大きな広い懐で街全体を包んでいる。まるで守り神のように、ドシリとそびえている。

木々や緑も多い。そうだこれはまさしく私の原風景。私の生まれ育った田舎は、グルリと山で囲まれた盆地だった。なんだかんだと言いながら、私は、生まれ育った故郷を懐かしんでいる。

診察結果は、ん〜ん。もしかして入院しちゃうかも!って感じ!4月の検査結果次第でその方向が決まる。勿論、国立がんセンター中央病院の医師とも相談するつもり。

さて、行き帰りの電車の中で、先日book offで購入した、山崎 章朗(ふみお)氏の『ここが僕たちのホスピス』をほとんど読み終えた。実に興味深い内容で、患者会を立ち上げた私にとっては参考になることが盛りだくさんだった。

そんなこんなで、何となくいい気分で帰宅したら、ある製薬会社さんからメールが入っていた。私の署名・捺印の趣意書の宛先が、ち・違っていた。別の会社を打ち込んでいた。『あ〜ショック!』なんていう初歩的なケアレスミス!あ〜またやっちゃいました。

担当者様から『
書類もきちんと整えていただいたのですが、一点だけ・・・代表印もいただきました趣意書なのですが、他者さま宛のものが郵送されてきております。 』とあった。ちょうどその郵送した頃、猫の手も借りたいほどの忙殺ぶりだった。

その会社は、かなり講演会に向けて好意的に対応して頂いていた製薬会社さんだった。ぐぐぐぐぐ・・・っ。かなりショック!でも、凹んでいても始まらない。明日、電話で陳謝し、もう一度郵送する他ない。心証を害していなければいいのだが・・。

あ〜。だから私、優秀な秘書が欲しいのよ!これ実感なり。でも、一生涯これは叶えられることはない。でも、今日、車中で、とてつもなく素晴らしい夢がふと頭によぎった。これは、絶対に実現させたい。そう生かされている間に・・。

たとえがんで死ななくても、みな、死に向かって生きている。その命は、次の世代へと綿々と繋がっていく。そういう命のバトンを引き継ぎながら、人の命は、遺伝子は、世々に引き継がれる。その命の線は、個々の命の点の繋がり。

その私の点が、がんに罹った意味を思い巡らす時、私にしか出来ないことがもしかしてあるかも知れない・・と、想像するだけで、その夢が大きく輝かしいものに思える。さぁ〜。その夢に向かってワクワクしながら生きていくことにするかな。

それにしても現実の我が家は、昨日のフリマの残骸で家はひっくり返っている。(笑)玄関からリビング、2階から3階へと繋がる廊下&踊り場は、足の踏み場もないほどの散らかりよう。どこから手をつけてよいやら・・。

胸いっぱいに膨らんだ夢が、この凄まじい我が家の惨状に、だんだん叶えられそうにないかも・・・と、気持ちはしぼんで行ってしまいそう。

でも、夢と現実の狭間で、私の生きた証をこの街に刻印するために・・・と、10年先くらいの現実にやっぱり、胸踊ろかせている私がいる。はぁ〜。また大言壮語しているかも・・・であります。

  1. 2008/03/17(月) 21:46:26|
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フリマ今日の売り上げ!

今日は、生まれて初めてフリマ店主に挑戦をしたシャローム会員。お二人とも8時半前に我が家に到着、私は口もぐもぐ。まだお化粧もしていない。だって、約束は8時半なんですもの。

私は、いつも約束の時間どんぴしゃにギリギリセーフというタイプなので、今日はシャローム会員のご主人様にもご挨拶を出来るような状態でなかった。口にパンをほおばった状態では、ただ、会釈だけが精一杯。

さて、今日は、本当に嬉しかった。2月は、次男の学校の関係でフリマ中止を余儀なくされたが、みなさん、『何で来なかったの?楽しみにしてたのに。あなたが見当たらないからもうすぐに帰っちゃったわよ。』と、ありがたい言葉を掛けていただいた。

また、『100円ショップのものは、安いけどすぐに壊れる。ここは、本当に良い物を安く変える。とてもありがたい。』と、感謝された。

『女房を17年前に亡くしてずっと一人暮らしなんだよ。』と、しゃがみこんでお話をして下さる方もいる。フリマは、ただ買ってもらえばそれでおしまい・・ではなく、多様で多岐にわたる働きをしている・・と、私は思っている。
彼が、堪能するまでお話をして頂いた。また聞かせて頂いた。でも、ちょっと同じ話だったかな?

それから今日は、ずっとメールだけの交信だったシャローム会員さんにも初めてお会いした。気恥ずかしさは一瞬だと思った。とても素敵な女性とご主人様だった。咄嗟に、このご主人がおられれば、きっと乗り越えられる・・と、女の勘でそう思った。

明日は、神奈川の相模大野にある北里病院に出向く。体は、かなりくたびれてはいるが、これから入浴してしっかり疲れを癒せば、きっと明日には元気になれる。

シャローム会員をお家までお送りした帰り、凸版印刷K.Kを曲がったところあたりで、危うく反対車線の対向車にぶつかりそうになった。一瞬私は睡魔に覆われた。ヒヤっとしてそれからは、襲われる睡魔と闘いながらやっとの思いで我が家に着いた。

何と、“一番絞り”の美味しいことか。昼間の大賑わいの喧騒も睡眠不足も、もうすっかりそこから解放され、ただ、心地よい疲れとほどよいビールの酔いが、妖艶な春の宵を楽しませてくれている。

今夜は、誰も電話などかけないでおくれね・・・と、思わず思ってしまう。一人の静かな至福の時を誰も邪魔しないでぇ〜と、正直思っている今夜の私である。

あっそうそう今日のフリマの売り上げは、39,095円、かなり上々の金額。やっぱり朝起き掛けのうぐいすの鳴き声が、売り上げに貢献してくたのかもしれないなぁ〜。

うぐいすが聞ける杉戸は、本当にのどかで自然に包まれている。人の心を穏やかにさせる優しい街だと心からそう思う。私は、この街が結構気に入っているかも・・。

  1. 2008/03/16(日) 20:01:04|
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ホ〜ホケキョ!とうぐいすが・・・

皆様、おはようございます。結局、欲の皮がつっぱって、(笑)寝たのは午前2時半でした。まるで取り付けれたように値付けに精を出しました。

こんな(ブログ更新)ことをしていたら、また出かけに大慌てになること間違いないので、簡潔に!皆様、朝からお騒がせしてごめんなさい。

実は、今朝、うぐいすの鳴き声を今春一番に耳にしたのです。お庭の満開の梅の木あたりから聞こえてきました。ん〜ん。絵になるでしょ!今日のフリマ大盛況の予感が・・。さい先いいなぁ〜。

  1. 2008/03/16(日) 07:00:31|
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フリマの値付けが間に合わない!

時々刻々、迫り来る時間。朝から値付けを頑張っているのに、遅々として進まない。一心不乱に3階から2階1階と上がったり降りたりしている間にもうこんな時間。

一応、よんどころない事情がない限り、毎日のブログ更新を常としている私が、危うく日付変更線をまたぐところだった。危ない・危ない?

玄関ポーチに並べた品物をデジカメで撮ったので、アップロードしようとしたら、“ファイルのサイズが大きすぎる”とやらで、画像をアップ出来ない。残念!

明日は、二台の車で搬出する予定なので、一品でも多く・・・と、欲張って値付けをものすごく頑張っている。でもちっとも前に進まない。明日は、1・2月分の会計報告のチラシをフリマに来られた方々に配布するというのに、まったく白紙状態。

ワールド・ビジョン・ジャパンクリックするとサイトが開きます。)のイベントのチラシも配布予定。このイベントについては、また後日ご案内させて頂くつもり!

あ〜。まだまだ値付け出来てないけど、もう寝ることにしよう。そうでないと、明日の一日、体が持たない!誰かが今夜、新品のお椀をいっぱい玄関に置いて下さった。外はプラスチックだけれど、中は本塗り。一個50円にしよう。

っということで、通常通り、ジョイフルホンダから幸手方向に500メートル位進むと大型スーパーマーケット 幸手マルエツが見えてくる。

多くの店舗が駐車場を囲んでぐるっと立ち並ぶ。そこをエムズタウンというのであるが、このフリマのある日曜日は、マルエツさんもかなりの売り上げらしい。そんな訳で、昨年は、フリマの日は、毎月、第三日曜日だけだったのに、何と今年から、第一日曜日もフリマを開催することになった。商魂逞しい!当たり前だが・・。

シャロームは、第三日曜日だけの出店。お客さんからgooのアドレス(シャロームHPのメールアドレス)の方に、確認のメールが入る。『2月は、出店されませんでしたね。3月は出店されますか?』・・・と。

私達は、まったくの素人だからかなりお安い値段設定。薄利多売なので労力も倍。それでも、今生かされている命がこのように社会に還元できることは、理屈抜きで感謝だ。

もたもたしていると本当に明日になってしまう。(笑)玄関ポーチに山となった品物をこれから車に運び入れる。こんな夜中だから、夜逃げと間違われるかも・・。

明日の目標額は、35,000円!癌晴る!

  1. 2008/03/15(土) 23:52:16|
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サトウハチロー詩集より

サトウハチロー詩集『おかあさん』より、今日は二編をご紹介したいと思う。この詩から母を慕う気持ちになるかもしれない。母を懐かしむかも知れない。今、現役の母親は、くすっと笑ってしまうかも知れない。

子育てを見直すかもしれない。サトウさんからのメッセージかも知れない。いろんな感性でこの詩が今もなお、愛読されている。我が家にもあるはずなのだがやはり、行方不明なり!

妹が生まれて  詩集「おかあさん」サトウハチローより 

妹が生まれて

母の子守うたを妹にとられてしまった晩

ぼくのおくの部屋からもれてくる

子守うたのおすそわけでねんねした

それがさみしさを知った

一番はじめかもしれません



母という字を書いてごらんなさい 詩集「おかあさん」サトウハチローより

母という字を書いてごらんなさい

やさしいように見えて むずかしい字です

かっこうのとれない字です。

やせすぎたり 太りすぎたり ゆがんだり

なきくずれたり・・・・笑ってしまったり

お母さんにないしょですが ほんとうです

  1. 2008/03/14(金) 22:47:30|
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今日は、『医療をめぐる倫理と法ー医師と患者のあるべき関係を求めてー』というタイトルのセミナーに参加した。講師は、東京大学大学院法学政治学研究科教授 樋口 範雄氏。

なかなか興味深く、もっと法学を学びたいと思ったくらいだから、やはり惹き付ける授業だったということになる。帰宅して、学生時代の成績表を開いてみた、『私って法学取ってたっけ?』っと思うくらい記憶にない。と評価されていた。(笑)もっと勉強しておけばよかったと今にして思う。

なかなか面白い。今頃思っても仕方がないが、忙しいと妙に本を読みたくなる。先日、献品(品物をフリマ用に寄付して下さる。)をbook off に売りに行った。査定?して下さる間に、私費でしっかり古本を買い込んでしまった。買った本を読んでいる自分を想像するだけで、とても幸せな気分になるから、もう元を取ったも同然。

さて、今日は、11月の講演会に支援して下さると、一番に名乗りを上げて下さった製薬会社様とセミナー後、会食をすることになっていた。その会社の決断が他の製薬会社さんに影響を与えて下さったことは言うまでもない。

私には何もお礼は出来ないが、超簡単に出来るいちご大福と
いちご大福
クリックすると拡大します。

ルシアンクッキーを作って、担当者様を驚かせようと、ニヤニヤしながら作った。
出かける30分前に携帯がなった。『アクシデントでセミナーに参加出来ない申し訳ない・・・・』ということであった。
ルシアンクッキーおいしそうでしょ。美味しいのよ。

残念ではあるが、勿論致し方のないことで、また次の機会にプレゼントしよう。下記は、ラッピングした状態であるが、団子状態で、見づらい。ごめんなさい。

ラッピング ぐちゃぐちゃだなぁ〜。ひとつ一つは綺麗です。

セミナー後、気の合う仲間4人でいっぱい否、い〜っぱい飲んでまた頂いた。その中の一人は、私が凹んだ時、声を聞きたくなった少し先輩の女性。帰路の車中で、どうして彼女にそんな感情を抱くのか、自分に問うってみた。

私の結婚式の時、母は、満面の笑みを私に降り注いでくれた。優しい顔の母の思い出はそれくらいしかない。いつも怒っていた。だから私は、いつも自分に自信がない。

今は、誰に何を言われることなく、自由に世の中を泳いでいる。そんな自分を思う時、今、母の呪縛から解き放たれた幸せを感じる。しかし、今日のその彼女にきっと母と重ね合わせているのだと思った。

私は、優しい母を求めていた。注意も指摘もない、ただ優しくほほ笑んで欲しかった。私が一番欲しかったのは、母の優しさだった。

その連鎖はきっと子ども達にあったに違いないと思うのである。今夜は、ちょっといっぱい入っているからかな?刺激的すぎたかしら?その母もすでに天上の人となっている。

  1. 2008/03/13(木) 23:36:09|
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1・2月分フリマ会計報告!

慌しい一日が終わった。今日は、秘書が欲しいくらい忙殺されそうだった。優先順位をつけて片っ端から処理していった。さて、今年もまた1・2月のフリマ会計報告をさせて頂けることが出来とても感謝である。

生かされた命を自分のためだけに使うのではなく、社会のためにも役立つことをさせて頂きたい・・というそういう気持ちから始まったこのフリマも、あしかけ3年目を迎える。

2月は次男の卒業制作発表(卒業コレクション)を家族総出で応援に出かけたために、今回の収入は、1月とその他の雑収入だけである。それでも、シャロームの活動費2万円を除き、43,200円を寄付することが出来た。

今回から、ファイトがん遺児育英募金を加えた。中越沖地震と日本・イラク医療ネットワークについては、金銭的に余裕が出来たらまた考えることにさせて頂くこととした。

今回は、全体に額が少なめだが、金額もさることながら、やはり、長く続ける(継続した支援)ことが大切なのだと思い、あまり金額には、こだわらないことにしたいと思っている。

1・2月分フリマ他収入!

前回おつり用              60,085円
ほほえみ11・12月分売り上げ     8,160円
フリマ以外 の収入           5,525円
1月20日フリマ収益          32,420円
 計                   106,190円
 
1・2月支出!
ユニセフ                 5,000円
ワールド・ビジョン・ジャパン     10,000円
ファイトがん遺児育英募金     10,080円
世界の子どもにワクチンを      5,000円
杉戸町社会福祉協議会        5,000円
障がい者自立支援喫茶 ほほえみ  5,000円
レンタルボックス代           2,000円
献品着払い               1,120円
シャローム活動費           20,000円
 計                    63,200円
 
おつり用残り:42,990円

領収書及び振込み控え!
1・2月分フリマ領収書クリックすると拡大します。

12月分献品者(品物を寄付して下さった方々)
伊勢崎様・鹿谷様・T様・洞上様・U様・三宅様・巻島様・長井様・匿名様・山口様・松井様・須藤様・今井様・M様・あんご工房様・

感謝をもってご報告致します。




  1. 2008/03/12(水) 21:44:17|
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近況報告!

家を出た途端、濃霧で視界がきかない。それでも自転車を必死にこいで杉戸高野台駅へ。自転車管理のおじさんが、『大幅に電車遅れてるみたいだよ。』と、声を掛けて頂いたが、8時25分定刻に電車は出発した。

ところが、草加の手前あたりから電車は、止まっては動きの繰り返しで、結局、衆議院第二議員会館前の10時の約束が15分位遅れた。電車の遅延時間は40分くらいということになる。今日は、卵巣がん体験者の会スマイリー(クリックするとサイトが開きます。)の代表のドラッグラグ提言書提出に同行した。

そして、ちゃっかりがん患者会シャロームの紹介されている機関誌やリーフレットなどをそれぞれの議員秘書様に手渡してきた。気持ちよく受け取って下さり、お名刺も頂いた。こういった連絡先があるとないとでは、雲泥の差だ。これからお力を貸して頂くかも知れない時など、大変に助かる。

特に、尾辻元厚生労働大臣秘書様には、厚顔無恥ではあるけれど、11月9日の講演会の冒頭挨拶をお願いしたいと申し上げた。

正式な依頼書を提出するつもりでいる。山本議員は、いつも『まず動いてみる。まず、口に出してみる。優先順位をしっかりつけて・・。』とよくメールなどで話して下さっていた。いつも、山本議員が後押しして下さっているようで沸々と勇気が湧いてくる。

山本議員の元秘書様が、3月から別の議員の公設秘書として再就職されたと昨日連絡を頂いていた。尾辻議員の並びだったので、ご挨拶に伺った。

ビシッとスーツを着こなし、一段と輝いておられた。立ち話中、彼女は目頭を熱くされた。彼女は、本当に山本議員を尊敬し慕っておられたことがびんびん伝わって来た。

今日、埼玉新聞の方からお電話を頂いた。取材によっては、紙面で患者会を紹介して下さるかもしれない。またまたぬか喜びに終わるかも知れないが、広報活動が充分に出来ていないシャロームとしては、単純に嬉しい。

もしかして、16日(日)のフリーマーケットも見に来て頂けるかも知れない。善行は、吹聴するものではないと思っている。しかし、もしも新聞などに掲載されることで、理解者や賛同者が増え、更に寄付額が増えるかも知れないとも思っている。でも、悪までも掲載は未知数。

そういうことは、さて置き、『大海の水も一滴から・・・。』一人でも多くの人たちに援助の手を差し伸べたい。それは小さな働きであり、小さな活動ではあるけれど、大切なことは続けていくことだと思っている。こうして、今、私が生かされていることで、社会の役に立ちたいと自然にそう思わされているだけである。

  1. 2008/03/11(火) 23:21:09|
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追悼の言葉Part6

11月の講演に向けて、地道な準備をしている。今日、資金援助をしてくださる製薬会社様がまた一社与えられた。とても・とても嬉しい。

明日は、尾辻元厚生労働大臣のところに、お伺いする。といっても卵巣がん患者の会スマイリーの片木さんが、提言書を提出されるのに、後ろからただくっついて行くだけである。

が、駄目でもともとで、もしお会い出来たら、厚顔無恥ではあるが、杉戸での講演会に挨拶をして頂けないか、お伺いしようと思っている。

今日、一社が決まったことで、近所の友人とちょっと祝杯を上げ、居酒屋でいっぱい。その後我が家で楽しいおしゃべりをしていた。今、お帰りになった。もうこんな時間であるのにびっくり。追悼の言葉Part6をご紹介させて頂く。


  バカな男の育英運動

学生時代からあしなが運動に取り組み、共に育英会の職員となった同僚として、密葬、告別式を手伝わせていただいた。

私もボランティア活動出身で山本さんとは上代も議論も腹の底から語り合えた。桜井 芳雄、山本 孝史、山北 洋二、藤村 修、吉川 明、林田 吉司、工藤 長彦の「7人のさむらい」で、「バカな男の育英勤務、月月火水木木金金」と歌いながら激務をこなした頃が懐かしい。

(山北 洋二・本会常勤理事)
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  1. 2008/03/10(月) 23:22:27|
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追悼の言葉Part5

幸手大型マルエツ:エムズタウンでのフリーマーケットは、第三日曜日。そこで知り合ったセミプロのフリマ店主から、あるレンタルボックスを教えて頂いた。

今は、サービス期間で、三ヶ月2000円で借りられる。通常は、一ヶ月1000円。更に売り上げの2割がそのお店の収入となる。様々な方から献品(品物を寄付される)されても、エムズタウンで売れ残った物は、捨てるに捨てられず、我が家の3階は、品物がたまる一方だった。

昨日・今日と、エムズタウンで売れそうでない品物を、そのお店に搬入した。何と、昨日棚に並べて頂いた物が一点売れており、更に私がいる間にも2点売れた。場所が変わり、お客さんが代わるだけで、こんなにも売れ筋が異なるものか・・と、正直驚いている。

私は商家の娘ではないが、とても商いが好きだ。学生時代、様々なアルバイトをしたが、どのお店でも『商売に向いている。』と、よく店主から言われた。でも、私が就いた職業は、地方公務員だった。それはそれでやりがいがあったが、57歳にして水を得た魚の様な私が今ここにいる。一円も私の懐に入るわけではないが、このフリマ実に面白い。

値付けや商品の搬出・搬入は、半端でなく大変であるが、世界や国内の多くの方たちを救える一助になっていると思うと、献品して下さる方や買って下さる方、場所を提供して下さる方、フリマを手伝って下さる方に、心から感謝してやまない。人に感謝できる自分もとても幸せな気分であることは言うまでもない。

さて、明日は、製薬会社の方が我が家に来られる。喫茶店などでは、話の内容が漏れるからだ。限りなくセンシティブな病。今日はこれから必死で家の掃除をしよう。久しぶりに掃除機をかけなければ・・。散らかっているものは、まとめて和室へ。最後は、お客様用のテーブルクロスをかけると、我が家は見違える。(笑)明日時間があれば、クッキーでも焼こう。時間があれば・・の話ではある。


  思いの「発酵」願う

山本さんがアメリカ留学を終えて帰国したときに「学んできたことが徐々に発酵されていくと思う」とおっしゃっていました。

「さあ今から」と、いつも前を向いてこられたんですね。

山本さんの発酵の度合いはとても大きく多方面に拡がりましたね。山本さんの積み上げられたことが、国会でさらによく発酵して、よりよい日本にと願います。

(下里 佳代子=主婦・大奨OG)


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  1. 2008/03/09(日) 21:40:25|
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追悼の言葉Part4

今日は、草加友の会の会員さんから“友愛セール”のお誘いを受けた。この会員さんから私は、5年に亘る年数を我が家でお料理講習を受けた。毎月一回、約8人くらいが様々なお料理を教わった。

今でもよく作るものとして、いちご大福やルシアンクッキー。佃煮やなます、牛のたたき等、まったくお料理のおの字も知らなかった私に、講師からは、いつも呆られながら教えて頂いた。(笑)お料理教室をする程綺麗でもないキッチンやリビングも、みんなの協力で何とか5年も習えたことは、本当にラッキであった。参加者の忍耐に他ならない。

その当時の仲間と今日は“友愛セール”にご一緒し、講師と友人が懐かしく再会を果たした。シャロームの活動のひとつにフリーマーケットがあるが、今日、草加友の会様から前回のセールの売れ残り・・ということで、献品(品物を寄付して頂く。)を頂いた。

私達の活動も、3年目を迎える。昨年一年間ずっとこの活動を支えて頂いた友人に代わって、今年からシャロームの会員さんがお手伝いして下さることになった。でも、かなり実は過酷なと労働なので体にさわらないか・・と心配ではある。

フリマの収益金は、支援を必要としている機関に寄付をし、その一部をシャロームの活動費にも充てる。収支明細は、ふた月に一度このブログでご報告をしている。さて、追悼の言葉Part4である。


 多くの学生を育てた

山本さんとの九州での出会いは私が大学3年の時だった。私の熊本大学学生寮の食堂での募金会議。大きな家族会議のような雰囲気の中で、その優しい目がきらりと光り、募金活動の必要性とやり方について理路整然と話された。そのかいあって、会議では九州を一つにすることができた。

山下さんの下で、小谷・打越・渡辺・高武・木藤と多くの学生が育った。名前を挙げたらきりがない。そして、翌年、熊本の高奨生である宇都宮君から「災害募金活動」が提案され実施された。

山本さんの魂と情熱がこれらの活動に繋がったと思う。今、私達も白髪交じりの年齢になった。「弱者のために生きる」ことを身をもって示された山本さん。

私達はここに命があることに感謝しながら、精一杯生きていきます。
(多田 隈保=熊本県南関第四小学校教頭・大奨OB)
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  1. 2008/03/08(土) 20:43:47|
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追悼の言葉Part3

厚労省医政局総務課 後援担当者様とコンタクトが取れた。杉戸という町で行うこと、法人でも財団でもなく、全国規模の患者会でもないこと、他ものすごく前途多難。でも、「私は言葉がきついかも知れませんが、気にしないでね。」と、前置きがあった。

私は、とてもこういう方とお話が出来ることがとても嬉しかった。言葉が綺麗で上手でも、心の中は裏腹な人が多い中、「上手く伝えられるか分らないけど、ショックを受けないで下さいね。」と、私の気持ちに配慮されながら話される担当者様に、私は電話口で深く頭を下げて電話を切った。

ある製薬会社さんから、厚労省、医師会・・・etc後援を取ること・・という提示を受けた。最初は、とてつもなく途方にくれたし、まずそんなこと弱小患者会の歴史も活動も浅いシャロームに、誰も目をくれないと思っていた。無理難題だと思った。だけど、各機関へのこの問い合わせは、とても大切なことだと今では思っている。

何はともあれ、がん患者会シャロームの存在を、少しでも認識してもらう絶好のチャンスでもある。来年もまたシャローム3周年記念講演会を開く、その時の後援手順を今私は学習させてもらっているとさえ思っている。意味のないことはないのだ。

後援担当者?様は、忙しく全国からものすごい数の後援依頼が来る中、「何度も電話もらって悪かったですね。」という言葉から始まった。「まだ会員50名の小さながん患者会です。少し私の話を聞いてもらってもいいですか?」 

私は、今日町内の方からご相談のお電話を頂いた。その方は、ありとあらゆるがん拠点病院などの情報センターにお電話をされておられたようだった。すぎと広報をご覧になって今日シャローム専用携帯にお電話を頂いた。

『いろんなところに電話したけど、何処も言われることは同じだった。だけど、こんなに親切に話を聞いてもらったのは、初めてでした。本当にありがとうございました。』と感謝された。

厚労省の方に、全国規模でも地域に根ざした患者会でも、都内での講演会も田舎での講演会も、命を担ぐことは同じだし、命の重みは同じだと思う持論が話せたことは、今日の相談者の感謝が私に自信となって落ち着いてお話が出来たのかもしれない。さて、今日は、追悼の言葉Part3。


実に緻密な仕事ぶり

18歳で出会ってから34年間、山本さんには実に多くのことを学ばせていただきました。最初の学びは書類の整理方法。バラバラのチラシをそれぞれ封筒に入れ、そのチラシを巻く様に封筒に貼る。とても簡単ですが、中身は一目瞭然、かつきれいに整理できる。

菅 直人さんの師匠だった市川 房枝さんは「運動とは事務なり」と喝破しましたが、山本さんは事務力を兼ね備えた卓越した市民運動家でした。

がん・自殺の両対策基本法や、厚生官僚も舌を巻く独創的な年金制度案をまとめたのも、この緻密な仕事振りゆえでした。

その山本さんのがん発症が分った後、病状が小康状態になった頃に議員会館で会うと「死の準備が出来る点で、がんになったのは幸運かもしれない」と話しておられました。

飄々とした語り口でしたが、常に先を見る山本さんらしい言葉でした。
(早瀬 昇=大阪ボランティア協会事務局長・大阪大学客員教授)

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  1. 2008/03/07(金) 20:58:26|
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追悼の言葉Part2

今日は、午後12時半からの勤務なので、午前中までに厚生労働省の医政局に、講演会の後援について問い合わせる。Nさんという感じの良い方だった。担当者が休みということで後日改めて電話することになった。

続けて、県庁、杉戸町役場と電話などで問い合わせをするが、どの部署の方もとても好意的である。それは、取りも直さずがん対策推進基本計画:第4の4のウには、〜行政機関をはじめ社会全体で患者団体の支援を行っていく必要がある。っと、明記されているからだと思う。

これは、現在このブログで連載している山本議員の、がん対策基本法の成立に向けて、参議院本会議場で歴史に残る大演説によるものである。

満場一致の採決というのだから、山本議員の命をかけた必死の訴えと叫びが思わず流れた涙と共に、全議員の心に響いた。彼の国会議員としての活躍も人柄もすべてが加味された成立へと繋がったと私は思っている。


35年余の友情に感謝  

山本 孝史氏と出会って35年余の時が流れている。共に大学4年の後半、山本、山北、私の3名は、週のほとんどの時間を交通遺児育英会の事務所で過ごしていた。

一人で育英会のために奔走する玉井さんをサポートするためであった。山本さんはまるで職員のように働き、大学を卒業するとそのまま就職してしまった。

その後私は、山本さんと同じく育英会の職員となった藤村 修と結婚し、山本さんとは「ボランティア仲間・夫の同僚」として関わりを持ち続けていた。93年6月には山本さんと藤村が衆議院選挙に日本新党から出馬して当選した。

山本さんが亡くなる3週間前から3回目は私が彼を見つめるだけだったが、山本さんとの友情に感謝し別れを告げることができた。

誕生日は3日違い。同い年の仲間を失った悲しみは大きいが、青春時代に共有した志を、私なりの生き方で表現しながらこれからもがんばっていきたい。
藤村 真弓=茨城キリスト教大学看護学部教授)
 
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  1. 2008/03/06(木) 20:35:33|
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追悼の言葉!

今日は、埼玉県医師会に後援依頼の電話をした。静かに耳を傾けられた後、「まず、杉戸町医師会の後援を取って下さい。」と、言われた。今日の学童の仕事がキャンセルとなり、自由に時間が取れたことは幸いだ。

すぐに杉戸町医師会会長さんに電話を入れた。「5月中旬が会合だからそれにはかります。まず貴方の活動を見せて下さい」とのこと。すぐに活動が載った雑誌を持参した。後援を頂くまでの道のりは遠い。

この杉戸町、杉戸町医師会、埼玉県医師会、埼玉県、厚生労働省の後援。これをすべてクリアーしたらもしかして協賛支援を頂けるかもしれない製薬会社があるからだ。

連絡を取っている間に、別の製薬会社さんから痛みについて協力してくれる会員さんのことで連絡が入る。こういった活動をしながら、地道に大学回りをした山本青年のことを思った。彼は、全国の大学の自動車部に片っ端から協力依頼に走った。

彼の熱意は、通じた。私がどこまで後援を頂けるかまるで先が見えない。でも、やるだけやってもらえなければ、がんの治療と同じあきらめもつく。『まずは、動いてみることだよ。』山本議員にそう声をかけられているような気がする。


   初心貫いた情熱の人

38年も前の1970年、当時京都産業大 自動車部主将だった私のところへ、突然見ず知らずの彼が現われました。

彼は「交通遺児のための街頭募金を手伝って欲しい」と熱く語ったのです。彼の熱意に私はすぐに賛同し、9月には「京都交通遺児を励ます会」を立ち上げ、作文集を発行し、

そしてお互い学生という身の軽さで、彼と共に近畿、山陰、四国、九州の各大学自動車部に学生募金の協力要請に奔走したのでした。

これが後々「あしなが育英会」に繋がっていったのです。

深い知識と熱意を生涯なくすことなく、最後は国会という場で初心を貫き、そして逝かれました。貴方の思いは必ず行き続けます。(千葉 重治=千葉技研サービス代表取締役)
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  1. 2008/03/05(水) 20:46:06|
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歴史に残る大演説!

歴史に残る大演説!藤村 修 衆議院議員:あしなが育英会理事


 山本孝史さんとの出会いは、1971年2月であった。当時、広島大学2年生の私は、自動車部(大学のクラブ)次期幹部の立場で、「交通遺児」の救済についてお話を伺った。

広島には、山本さんと、玉井義臣さん(当時、交通遺児育英会専務理事)らが来られ、「交通遺児」が高校進学もままならず窮地に陥っていることを切々と説かれた。

山本さんが5歳の時にお兄さんを交通事故で亡くされたこともお聞きした。自動車部の中に「励ます会」を結成して募金活動など交通遺児救済に立ち上がる。

それから30数年間、遺児救済運動の同志として同じ職場で働き、その延長上で93年7月、二人は衆議院選挙に出馬し国会議員となった。

多くの方が、その後のことを記述されているので重複はさけるが、同僚国会議員として、やはり山本さんの命をかけた「いのちの政策」については私の所見を記したい。

06年5月22日、参議院本会議での山本さんお代表質問は歴史に残る大演説と思う。自らがん患者であることを告白し、「がん対策基本法」の成立を訴えた。

議場全ての議員が息を呑み山本さんに注目した。涙ながらの熱弁は、全ての国会議員を感動させ、メディアを通して多くの国民に衝撃を与えた。

山本さんの必死、ひたむき、無視の訴えが、ただちにがん対策基本法を成立に導いた。政治家の本望を挙げられたと感じた。残された私達は、山本さんが命を賭して成立させた法律が、必ずや彼の本意に沿うようあらゆる努力しなければならないことを肝に銘じたい。
 2008年2月号 NEWあしながファミリー通信より 
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  1. 2008/03/04(火) 22:24:47|
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当選秘話!Part2

今日は、武蔵野日赤のピアカウンセリングの日。相談室への来所の方とは、1時間お話が出来た。私は今日、お話を伺っている間に涙が溢れた。自分の時と重ね合わせた。

お電話の相談が一番気を使う。対面とは違う難しさを感じる。守秘義務があるのでここまでにしよう。私は、3月のピアカン業務は後一回を残して半年間のモデル事業は終了する。

また、後一年のモデル事業が継続されるようであるが、私は正直迷っている。緩和ケア病棟のボランティアもさせてもらいたい。生と死を学び、講習を受け、人生の終焉に向ける作業のお手伝いをさせて頂きたい。

また、自分の体験談を全国で開催されるがん関連の講演会でお話をする・・という事業に登録もさせて頂いた。今月には、その打ち合わせをする。

新しい年度に新しい出発(たびたち)をするのもいいかな・・と正直思っている。さて、当選秘話の続きである。その時の聴衆を驚かせ、目を見張った光景が目に浮かぶ。初々しい山本議員の第一声を聞いてみたかったような気がする。


 連れて行かれたのは練習所。集まってくる若い衆が「この人だれでんねん。」と聞く。「わしに菊水丸のまねごとしてくれ言う、朝から来た兄ちゃんや。なんでも選挙やそうや、ワシは塩川も西野も上田も関係ないからやったることにしたんや。」

それから3時間あまり練習を重ねて、ようやく10時くらいに一応完成した。

当日、布施駅前午前9時。ボランティア数名でダンボール製の国会議事堂や模造紙でつくった垂れ幕などを持って集合していると睦師匠の車が到着。「ここでやるんか、まるでゲリラやなあ。」と言われる。

無理もない。向側の駅前ロータリーの奥では、自民党の大物塩川 正十郎氏の第一声が支援者を3千人集めて行われようとしていた。

機材を準備して揃いの浴衣に着替えた睦 ひろし一門がスタンバイのところに、山本さんと選挙の七つ道具到着。「ほな。いこか。」太鼓がドンドンと鳴り、ギターが音頭リフを弾く。

大動員の相手陣営の支援者がびっくりして振り向く。即席の河内音頭「山本たかし物語」がはじまった。この時、私は勝利を確信した。この瞬間こそが国会議員山本孝史の第一歩であった。(小辻 昌平=山本初代秘書・大奨OB)
 2008年2月号 NEWあしながファミリー通信より 
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  1. 2008/03/03(月) 20:55:37|
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当選秘話

いつも、このブログを閲覧下さるシャローム会員さんが、『最近の字の大きさより前の方が見やすいような気がする。』と、言って下さったので、元の太さに今日から戻ることにする。(このように反応して下さることのなんとありがたいことか・・。)

あしながファミリー通信を読めば読むほど、山本議員は、何と慕わしい人か・・とつくづく思う。お金をかけないで、心をつくし思いをつくし精神を尽くし、そして智恵を尽くした勝利への道のり。

読み進むうちにワクワクしてくる。人情の町大阪で第一声をあげたこの瞬間に勝利を得たりと確信したという。まるでそこに私も居たかのような錯覚する覚える。


  河内音頭!「山本 たかし物語」

山本さんのことを考えると今も涙でる。ここに忘れられない衆議院の初立候補のことを記す。

最初の衆議院選挙はわずか4日前の立候補宣言。金曜の夕方東京で仕事を終えた私は、大阪行きの新幹線に乗った。八尾に着いたのは深夜近くであった。

「こんなことになってん」。ハニカミながら言った山本さんの顔を今でも憶えている。早速、作戦会議。私に課せられたミッションは二日後の布施駅前の第一声までに、

プロの河内(かわち)音頭を取りを連れてきて、林田 吉司さん(現あしなが育英会事務局長)が作った河内音頭「山本たかし物語」を実演してもらうようにオルグしてくること。

コネやツテ一切なし、公職選挙法にひっかかるので出演料や謝礼も一切なし。とてつもない条件。なんとか友人の母親が師事している河内音頭の師匠 睦ひろしさんを紹介してもらう。

夜討ち朝駆けの例に従い、土曜日の早朝に自宅を訪問。ステテコ姿で玄関先に出てきた強面の師匠は朝っぱらからこいつ何を言うてるんやといった様子。こちらは必死でやってくれと拝み倒す。

原稿の紙を見るなり「横書きで読めるかいな」と一発かまされる。それでも必死にくらいついてると「縦書きにして、五七調に直して夕方もいっぺん来い」との返事。

夕方出直すと楽器や機材が積まれたライトバンに乗せられる。
 
 明日に続く! 2008年2月号 NEWあしながファミリー通信より 
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  1. 2008/03/02(日) 21:41:16|
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交通遺児の詩!天国にいるおとうさま

山本 孝史さんは、5歳の時、兄を交通事故で亡くした。ぽっかりと心の中に穴が開いたまま、小・中・高校時代を過ごした。そして、立命館大学在学中に遺児作文集『天国にいるおとうさま』に出会う。

悲しみにくれる子ども達が兄を失ったときの自分と重なり、涙がとめどもなくあふれた。その日から山本さんは、交通事故で親を亡くした子供たちのために活動しようと心に決めたのだった。

山本さんとその同志たちが繰り広げた交通遺児たちへの支援の輪は、交通事故だけでなく、病気や災害、自死などあらゆる原因で遺児となった子ども達への支援活動『あしなが運動』へと広がった
(工藤長彦本会理事)


天国にいるおとうさま  中島 穣(10歳)

ぼくの大すきだった おとうさま
ぼくとキャッチボールをしたが
死んでしまった おとうさま
もう一度あいたい お父様
ぼくも
おとうさまのしゃしんを見ると
ときどきなく事もある
だけど
もう一度あいたい おとうさま
おとうさまと呼びたい
けれど呼べない
どこにいるの おとうさま
もう一度ぼくをだいて おとうさま
ぼくが行くまで まってて
もう一度ぼくと遊んで おとうさま
おとうさま ぼくといっしょに勉強してよ
ぼくにおしえてよ
おとうさま どうして三人おいて死んだの
ぼくは
いままでしゅっちょうしてると思っていた
おとうさま おとうさま
もう一度「みのる」って呼んで
ぼくもおとうさまと呼ぶから
ぼく「はい」と返事するよ
ぼくは かなしい 
おとうさまがいないと
 NEWあしながファミリー 2008年2月1日(2月号) 山本理事 追悼特集より 

 

 

 

  1. 2008/03/01(土) 19:50:39|
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