『お心一等賞!』

約7年半前、朝8時前に自宅の電話がなった。3軒隣りの家からだ。『シャロームさん。すぐに家に来て!A子が運動会に行きたくないって言ってるの。』その声はかなり緊迫していた。

不安的中!とうとう恐れていたものが来てしまった・・という衝撃。これから始まる苦しみの淵に投げ込まれたような焦りの声だった。

A子ちゃんは、四肢短縮症、突然変異による障害でこの世に生を受けた。四肢以外は正常に発達するが、四肢の成長は通常児の半分。

年長のA子ちゃんは、極端に小さい体でどんなに頑張って走っても、人よりかなり遅れてゴールする。全員の前でさらし者になるようなそんな耐えられない苦痛を小さな心で感じていたのだろう

私は、ちょうど術後半年の体だったと思う。補助治療の苦しさと精神的にもかなりナーバスになっていた頃だった。でも、私はA子ちゃんが大好きであり、そのご家庭とは親しくさせて頂いていたので、何も考えずにすぐに飛んで行った。

いつものにこやかなA子ちゃんの面影はなく、頑として『私は絶対に運動会には参加しないから・・』とすでに、強く決め込んでいるような表情だった。

それは、幼稚園:年長児の顔つきではなかった。堅固な姿勢の彼女に、私は彼女を抱きしめて思わず叫んだ。

『おばちゃんだって。おばちゃんだって。好きでがんになったんじゃない。恥ずかしいことなんかしていないのに、情けないけど人生に負けたみたいで、本当に辛い。

だから、形は違うけどA子ちゃんの気持ちとってもよく分る。確かにかけっこではビリかもしれない。でも、一生懸命走ってそれでビリだったとしても、おばちゃんは、お心一等賞だと思う。

誰よりも素晴らしい一等賞だと思う。おばちゃんもお家で応援してるからAちゃんも頑張れるね。』と、泣きながらまるで自分に言い聞かせるように、そして彼女のお心めがけて泣きながら語りかけた。

ママも泣いている。4歳の妹も泣いている。A子ちゃんも泣いている。『私、頑張る。運動会行く。』その言葉を聞いて私は自宅に戻った。今考えてもどうして私は幼稚園に応援に行かなかったのだろうと思う。通常の私なら父母席から大声で声援を送ったはずだ・・。

きっと私もそこまでの気力がなかったのだと思う。ずっと治療に悩み、術後5ヶ月で抗がん剤に切り変えた。きっとその頃だったのでは・・と思っている。

彼女はそれ以来、一度も学校に行かない・・と、親を心配させるようなことは口にしなかった・・と、今日お茶を飲みながらA子ちゃんが話してくれた。

『シャロームのおばちゃんの言ったあの時のこと覚えてるでしょ?』と、当然覚えていると確信げにママが尋ねた。『全然覚えてないよ。当然でしょうそんな小さい時のことなんか・・。でも、お心一等賞の言葉だけはずっと忘れたことはない。』と、言っていた。

私のがんが用いられた最初の一歩であった。

彼女は今、上腕骨の延長術を受けている。彼女はその姿で地元の中学校に通っている。一昨年は下肢:膝下の延長術を受けている。

延長術クリックすると画像が拡大します。

現在生徒会:副会長も務めている。明日は、その時の立会い演説の時の原稿をご紹介したいと思う。上記画像は、痛々しいが希望の闘い様をご紹介した。

これを快諾した背景には、A子ちゃんのこの重荷が益に変えられ、誰かの役に立つかもしれない・・という明るい未来への決意表明なのかもしれない。

延長術とは、骨を切断し骨と骨の間に隙間を作り、上下の骨に釘を刺して固定する。骨のくっつこうとする性質を利用したもので、青色のメモリで少しずつその間隔を広げていく。但し、彼女の場合、10cmの延長で終了する。

本日の記事は、A子ちゃん&ご家族のご了解を得ています。

  1. 2008/05/24(土) 19:22:44|
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