夕方、肺がんのシャローム会員さんからお電話があった。『先ほど、ブログを読みました。最近不具合が出てきて、生きているのがしんどなぁ〜って思っていました。いっそ楽に死んでしまいたいと思うほど落ち込むことがあります。
でも、A子ちゃんの闘いざまを読んで涙が滲みました。そしてそんな自分が恥ずかしくなりました。僕も頑張ろうと思いました。いつかA子ちゃんに会えるでしょうか・・。』っというような内容だった。
連絡他でバタバタしておりこの反応をまだA子ちゃんに伝えていないが、きっと彼女は喜んで彼にいつか会ってくれると思う。人に勇気を与えられるような働きこそ、彼女が求めていることだと私は思うからだ。
早速の反応にきっと『おばちゃん。私のことじゃん・じゃん書いてくれていいから・・。』ってまた言われるような気がする。
さて今日は、予定を変更して生徒会副会長立会い演説文ではなく、A子ちゃんが小学6年生の時に書いた作文をご紹介したいと思う。彼女の生き様を真近で見ている私でさえ彼女の逞しさには脱帽・感動なのだから、
彼女を知らないブログの閲覧者は、きっと自分の生き方などと照らし合わせて、もしかしてご自分を奮起させられる方がおられるかもしれない。それがA子ちゃんの願いであるから是非、刺激を受けて頑張って欲しいと思っている。
もうお分かりになっておられると思うが、だからA子ちゃんは特別なことをしている訳ではない。そのような立場に置かれたら、ごく当たり前にその障害と共に生きていかなければならない。
どんな生き方をするかは、個々の考え方で異なる。辛い治療をするから立派だとか、背が小さいからかわいそう・・とか、そんな、自分は安全な場所から、上からの目線から『頑張って!』と言うような方向違いだけにはならないで欲しいと思っている。
障害を受け入れて生きていくしかない時、彼女自身はごく自然に延長術を選び、副会長になった。彼女にとっては当たり前のことをただ勇気を持って突き進んで行っているだけなんだから・・。
その副産物として彼女の生き方が多くの人の励ましになれるとしたら、彼女の障害は無駄ではなかった・・ということになる、彼女はこの世に生を受けたことをきっと幸せだったと思う時がきっと来ると私は確信する。
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〜いろいろな子が一生けん命にがんばっている子ども病院〜
みなさんは、子ども病院で小さい子が家族からはなれて、治療をしたり幼ち園や学校に行ったりしている事を知っていますか。
平成17年17年6月15日。私は、東京都板橋区にある大学病院で足の手術をし、二ヶ月間その病院に入院していました。また、8月29日。今度は、肢体不自由専門の病院にリハビリをするために入園しました。
ここは、私がいままで気が付いていなかった大事な事に気付かせてくれた所です。
私は、肢体不自由専門の病院に来てから、初めはだれも知らない人ばかりで、とてもつまらない病院だなと思っていました。でも、9月1日、病院のしき地内にある養護学校で口もきけず、手も使えない子に出会いました。
私は、『そうだ。最初にこの子達と友達になろう。』と思いました。私の病棟にも口や手がうまく使えないM子ちゃんがいたので、その子から話しかけることにしました。
でも、いざとなるとどのように話しかけたらよいのか分らず、病棟の保母さんに、聞いてみました。
保母さんは、『歌を歌ってあげたり、名前をよんだり、手をにぎって、ゆすったりしたら喜ぶと思うよ。』と教えてくれました。私はさっそくやってみました。
でも、初対面だったので、M子ちゃんがビックリして、何の反応もありませんでした。私は、毎日のようにくり返しました。そして、ある日M子ちゃんが可愛く笑いました。
温かみのある、本当にうれしいという気持ちが入っている笑顔でした。私は、うれしくてうれしくて心がはちきれそうになりました。
M子ちゃんの笑顔は、相手まで幸せにしてくれる力があるように思いました。
・・・・・・・・・・・・・・・・続きは、また明日・・・・・・・・・
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