2017_03
25
(Sat)19:44

引き継ぎランチ会:副代表最後の仕事!

今日は、副代表と最後の打ち合わせをした。打ち合わせと言っても、引き継ぎである。実は、当会は、私が55歳の時に、このがん患者会シャロームを立ち上げた。(がん発症は、49歳)

たった一人で、本当にたった一人でこの会を設立した。すぎと広報への掲載に至るまでには、本当に多くの涙を流し、悔しい思いもした。

しかし、生来の諦めないこの根性で、何度も行政に日参し、ご理解を得、患者の集いの広報掲載を取り付けた。(今では、4市町)

ちょうど、2008年頃、今の副代表が初めて患者の集いに参加した。誘ったのは、県立がんセンターの患者である会員さん。

会員さんは、乳がんであったが、副代表は、肺がんである。なんで、この二人が出会ったのか、聞いたけど忘れた。

その会員さんに連れ立って当会に初参加した時、あることが起こった。主治医が怖い、心臓がドキドキして足がすくむ。そう言ったご家族に、何と、初めて参加した今の副代表が意見を言った。『先生は、そんなに悪い人じゃないと思う。』的なお決まりのアドバイス。

他に、二人がアドバイスした。私は言った。『このご家族にアドバイスは要りません。この主治医が怖いというその思いをしっかり理解するのが我々仲間です。』と言った。

それぞれが自宅に戻り、『シャロームさんのおっしゃったことが理解できません。』という、メールが、各々三人から受信する。

私は、それぞれに私の思いを切々と訴えた。二人は、やっと理解してくれた。その中の一人が副代表である。『分かりました。私に出来ることをこれからさせて頂きたい。』と、申し出てくれた。

因みに、これを機に当会より遠ざかったのが、看護師でもあり、副代表を紹介してくれた方であった。本当に不思議なご縁である。(やはり、看護師さんは、医療者を擁護する。)

さて、当会も、発足から2年経っており、少しずつ忙しくなる時期であった。その年は、第2回の講演会も控えていた。そこで、『副代表をやってもらいたい。』と申し出ると、『縁の下の力持ちになりたい。』快諾してくれた。

それから、9年間。まさに、破れ鍋に綴じ蓋。互いに補完し合う関係として力を合わせてこのがん患者会シャロームを二人で牽引してきた。

しかし、55歳で立ち上げた私も10年経って65歳になった。(現在は、66歳)もう、昔のような頑張りは出来ない。そう思った時、『10年代表をやったから、もういいかな?この活動は限がない。』そう思って、本気で閉鎖しようかと迷った時期があった。

その時、勝俣範之医師から、『そんな寂しいこと言わないで、精一杯、協力するから。』そのように、声を掛けられた。寂しいから....。この言葉は、私の心を鷲掴みにされたようで、降参した。

しかし、同じことは本当にもう出来ない。(体力も気力も)そこで、対外的なことは一切取りやめて、本来のがん患者支援のみの活動に専念することにした。

すると、もう、副代表としての活動の機会も場面もなくなり、この一年は、お互いに今後の立ち位置に対して悩んでいた。

『断れない。』 『言い出せない。』お互い、相手を思いやる気持ちが邪魔をした。ずっと逡巡していたから、『副代表を降りたい。』という申し出に対して、時が来たと思った私は、『分かった。』と答えた。

これが、本日のタイトルである、引き継ぎランチ会:副代表最後の仕事!の訳である。

彼女は、一ヶ月の活動経費代1,500円の約一年分を寄付すると差し出した。気持ちはありがたいけど、他の方のご寄付は頂くけど、ちゃんと、副代表としてこの一年、活動下さったんだから固く辞退した。

見えないところで、県立がんセンターの当会のリーフレットや帽子カタログなどをいつも補充下さっていた。同じ部位の会員さんをフォローしても下さった。患者の集いでは、私の隣りにいつも座ってくれて、細々と私のお世話をしてくれた。

帽子の受注発注も彼女が一手に引き受けて下さっていた。この一年間、それこそ、見えないところで当会を支え続けてくれた。

しかし、今までのような副代表としての表だった出番はこの一年間なかった。活動経費をもらうことも心苦しかったかもしれない。わずか1,500円でもである。彼女はそういう人。

今日、彼女の預かってくれていた荷物が届いた。それがこれである↓

引き継ぎ※彼女のお家の一部屋を占領していた。
どれだけ今まで助けられたか。どれだけ今まで支えられたか。筆舌に尽くせないほど。会員さんの誰もが認めるような大きな働きをなしてくれた。

しかし、始めがあれば、終わりもある。そして、その時にかなって美しい。当会は、私が70歳までは、今まで通りの活動をする。(縮小した形の活動)

その後は、〝がん体験者によるシャローム電話(メール)相談”のみに縮小する。OB会を気が向いた時に開く。そんな構想を副代表に話した。『いいですねぇ~。』いつものように柔和に答えてくれた。

〝どんぐり”という大きながん患者会があったが、何年か前に閉鎖し、今は、遺族の会のみが残っている。〝ソレイユ”という乳がん患者会もあったが、これも、代表がご高齢になったことから閉鎖されている。

順繰り、患者会もこうして現れては消え、そしてまた新たに次の世代の患者会が誕生する。存続させることもない。若い方が新鮮な息吹でまた、独自な患者会を立ち上げればいい。

埼玉県は、全国でもがん患者会が際立って少ない県である。11年前には、県下では、乳がんのあけぼの会埼玉支部があったのみであった。(現在、この会員数も減少の一途という。)

がん全般を対象にした患者会の第一号がこのがん患者会シャロームであった。(今では会員200名)その後も、この埼玉県はほとんど変わらない。

ネットの患者会が2団体新しく出来、当会の二番煎じのような患者会も出来たが、当会のような勢いはまだない。

勿論、院内の患者会はあるが、院外の方は利用できない。そんなことから、当会のようながん患者会は、必要であると思うが、県民のがん患者会を立ち上げようという意識は低い。

一方、がん患者会を求めている方は、少なくない。これはひとえに、人のお世話は出来ないが、仲間は欲しい・・ということ。だから、代表などになる人は、稀有な人ということである。簡単に言えば、変わり者。

誰だって、寄らば大樹の影の立ち位置の方がいいに決まっている。その立ち位置から、大樹になろうなんていう人は、やっぱり、変わっている。

まぁ~。正直、今でこそ、少しは時間が出来て来たが、対外的な活動を活発に行っていた頃は、プライベイトな時間は取れず、ある時期などは、お夕飯夫婦二人分をお友達の賄い屋さんから取っていたこともあった。(確か、半年くらい続いたが、お金が続かなかった。笑)

時間もお金も出る一方だった。そして、会員さんは、次から次に増加の一途で、県外からも集ってこられるようになった。

っと長々....と。終わりが来そうにないのでこの辺で止めておこう。副代表に(3/31まで)『お礼に何か作るよ・・・』と言ったら、『ルシアンクッキーがいい。』ということで、二行程を作った。

サイゼリアでの引き継ぎランチ会で、『うわぁ~。嬉しい~。』と、歓声を上げてくれた。

引き継ぎ2※お味見なしのすべての個数。
彼女は、これからも勿論、当会に繋がり続けてくれる。いち会員として、またこの当会を盛り上げてくれることだろう。本当に本当にありがとう。何回言っても言い足りない。でも、もう、これくらいでやめとくよ。(笑)

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更新日時:2017/03/25 06:43

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