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2019_04
08
(Mon)08:37

ご遺族の方からのご依頼、『追悼集に寄稿を.....!』

 今朝、昨年5月に召天されたご主人の奥様から、LINEで、『夫の追悼集を作成している。お忙しいシャロームさんに恐縮だけれども、寄稿して頂けないか?』というご依頼を受けた。

それも、声掛けも躊躇していたとのこと。なんだか、私は、どうも『忙し・忙し』という衣を常にまとっているような、そんなせわしない印象を皆さんに与えているようだ。

こういった依頼すら、迷わせてしまっている自分の振る舞いは、猛省すべきである。

すぐに快諾させて頂いた。実は、そのご主人が初めて患者の集いにご参加された時、奥様は、『夫の本音(弱音)を初めて聞いた。』と、おっしゃった。

ご主人は、たった一言、『こんな訳で、とても痛いし、とても辛い。』と、現状を吐露された。私は、そのお席の場所まで覚えている。

当会の仲間たちは、本当に素晴らしく、その思いに、全員が耳を傾け、心を注ぎ、その思いを我が事のように受け止める。

家族には、弱音を吐けない夫が、その弱さを受け止め合う、その場所で、肩の荷をおろし、ゆっくり心休めた瞬間だった。

当会は、弱さで触れ合う場所の提供である。成功者や富裕者や元気な人が集まる場所ではない。真逆の場所。

社会の片隅に追いやられているのではないかとさえ、思えるようなそんな場所で、仲間に出会えたその瞬間こそ、その思いは解放され、光が差し込み、希望が見えたりする。

希望は、俗世間のような明るい未来ではない。そうではなく、病と言う敵に立ち向かわざるを得ない今の状況から、それでも、癌晴る他ない。という決意が与えれる。そんなツールなのだと思っている。

彼に対するアドバイスも、情報のひとつもなかったけれど、集いから醸し出される雰囲気の中で、彼は、心の重荷をおろし、心安らぐ一瞬のひと時が与えられたのだと思う。

彼は、『先生!』と呼ばれる立場の方ではあったが、それを、一切口にされることなく、一人の弱いがん患者としてそこに集われていた。

だからこそ、我々は、その方の学歴も、年齢も、職業も、財力も、一切無関係ない。誇示するならば、『私は、がん患者!』大手を振って、『私は、会に参加出来る条件クリアーな人間です。』と、声高らかに叫んで欲しい。

自分の何かを誇る方は、そっとご指南させて頂き、それでも、ご理解頂けない場合は、退会を促してきた。

促す前に察知して、退会される方もおられる。

私が掲げるキャッチフレーズは、『弱さで触れ合う。一人じゃないよ。ここに仲間がいるよ。』なのだから、

それに添えない方は、他を当たって頂きたい。もしくは、ご自分でご自分の理想とする会を立ち上げられれば、それでよいだけの話である。