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2019_04
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(Thu)22:39

『今日、積極的治療のおしまいを告げられました。』会員さんからのお電話!

 昨日、『今日ね。主治医から、肝機能低下によって、積極的治療の終了をつげられました。』というお電話を頂いた。

悔しいのは、腫瘍そのものは、それなりに現在の抗がん剤は効いていた。しかし、肝臓転移の場所に新たな病変が現れた。

このような状態での抗がん剤投与は、むしろ命を縮めてしまう。そのために、今後は、無治療となり緩和医療に移行することを勧められた。

彼女は、昨年、死んだ方がましと思うほどの抗がん剤の副作用に悩まされた。治験ではあったが、決して充分と言えるような医師のフォローがあったとは思えなかった。

その病院では、初期の治療から、今思えば『どうして、こんな提示を私にしたか?』と思うような内容のインフォームドコンセントであった。

いろいろあって、転移をした。がん医療だけは、医師任せではいけないことを痛感した彼女は、当会にアクセスし、自ら情報を求めて勉強した。

お節介な私は、勝俣範之医師のセカンド・オピニオンに帯同した。その日が彼女とは初対面。不思議に意気投合し、それから彼女は、様々な報告や相談の電話を掛けてきた。

『2つ聞きたいのですが。』とか、『このことについて聞きたいのですが。』焦点を絞って、質問は簡潔で明瞭だった。

旅行にもご一緒したことがある。楽しくて、時間はあったという間に過ぎた。

昨日は、今後の生き方などについて、確認を取った。彼女も私も泣いてない。今までは、泣きながらお電話をしてきたのに、そして、今日は、もしかして一番つらくて涙する状況かもしれないのに、なのに、彼女は、冷静に見えた。

冷静を装っていたのかもしれないが、これからやるべきことを具体的に話し合った。そして私はこういった。『ファイナルステージを迎えるってね、これから、とっても忙しくなるの。優先順位をつけて、一つひとつこなしてね。貴方らしく素晴らしく演じてね。』

お金の使い方についても話した。いざという時の備えも話した。緩和ケア病棟の予約は出来ている。彼女の終の棲家については、私に出会った時に、最悪に備えることを勧めていた。

その病院の緩和ケア外来に定期的に通院していた。先日も、緩和ケア科の主治医から、『あなたは、どこでそんな知識を得たのですか?』と聞かれ、『患者会です。』と即答していた。

まさか、そんな会話から、そう時間も経ってない状態で再診になるとは、患者も緩和ケア科の主治医も思っていなかったはずである。

旅支度の始まりである。昨夜は、今後のことについて、ご主人と話し合ったとのことであった。先立つ患者にとって、最も辛いのは、『もし私が先に逝くことがあったら・・・。』という話に、伴侶が耳を貸さないことである。

悲しくて、悔しくて、そんな話は聞きたくないのかもしれないが、現実に、伝えておかなければならないことや、確認をとらなければならないことは山積である。

現実逃避は、患者本人が一番悲しいことであることをこのブログの閲覧者には、分かって欲しいと思っている。

ご主人と一緒に、命のバトンゾーンを走って欲しいと願っている。そして、うまく、次に続く人に、命のバトンが手渡されるよう、応援している。

来年がお子さんの成人式。それまでは、何としても生きたい!そんな願い叶えられるようにと思っている。

これから、体から抗がん剤が抜け、体も気分も軽くなり、しばらくは、快適に過ごせるはずである。

この時に、次の抗がん剤を模索して、今の黄金の時を無駄にすることがないよう、主治医から告げられた、言葉をしっかりと受け止め、ファイナルステージで人生ドラマを完結させて欲しいと思っている。

これを、受け入れられるかどうかは、やはり、当会のような再発・転移者の会で、確かに一歩先行く先輩が我々に背中を見せてくれている。それを、目の辺りにしているか、どうかによって、死の受容は決まってくるような気がする。

昨日の彼女は、いよいよ、自分の番が来たと、腹をくくって、これから、尊い時間を刻んで行く。炎の消え行くその日まで。