今日、山本孝史議員の秘書様からお電話を頂いた。某新聞社の取材を受けてもらえないか・・という内容だった。山本議員が“がん”をカミングアウトした後に出会ったがん患者であることが条件。がん患者から見た山本議員の活動をどう捉えるか・・ということがテーマだった。
がん患者会シャロームは、特定の宗教やサプリメントや政党を支持するものでは勿論ない。しかし私は、がんを通して一人の素晴らしい国会議員に出会った。
彼は、昨年5月22日、参院本会議で医療制度改革関連法案の代表質問に立った。その時、がんであることを初めて告白し、小泉首相を前に訴えかけた。
『救える命がいっぱいあるのに、次々と失われている。』彼は、はばかることなく、自然と涙が溢れた。質問時間が数分過ぎたが、扇 千景議長は遮らなかった。
山本議員は、お兄さんを交通事故で亡くしている。議員になるまで約20年間、交通遺児の支援に没頭した経歴を持つ。(読売新聞平成18年6月17日付け朝刊“顔”より抜粋)
平成5年、衆議院議員に初当選。2期7年勤め、厚生委員として、年金、臓器移植、薬害エイズ、介護保険などで国会審議をリードした。
平成13年、参議院議員に大阪選挙区から初当選。
中国残留孤児や在外被爆者などの社会援助問題、ホームレス、母子家庭、難病、障がい者などの社会保障問題全般・・・と多岐に亘る活動は著しい。
山本孝史議員との出会いは、がん患者ネットhttp://med-jp.net/。
全国のがん患者会がインターネットを介して、患者中心の最良の医療実現を求めることを目的とした、がん患者会のネットワークだ。
彼は、党を越えた『国会がん患者と家族の会』の患者会(山本議員が立ち上げた。)として、このがん患者ネットのメンバーであった。
そのメーリングリストに山本議員がある日投稿した『静岡県立がんセンターを一緒に見学しませんか。』というお誘いのメールに、私は一もニもなく飛びついた。
国会議員とあらば、地方の医療格差など聞いてもらいたいことは山ほどある。新幹線座席の彼の隣に陣取った。予め情報を得ていた私と同じ病院であることが唯一の共通点。政治のことなど分ろうはずもない。しかし、話を膨らませるには、充分な接点だった。ラッキー♪〜。
※お断り!
続きは、明日にさせて下さいませ。電話取材の前後にお電話があったり、23時ちょっと前まで、友人が我が家にお話に来られていたりで、今日中の記事には間にあいません。また閲覧頂ければ幸いです。
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