2014_07
04
(Fri)21:40

希少がんセンターのご利用を!

本日、小児がんのお父様からメールを受信した。それは、2014年6月30日、『NHKニュースおはよう日本』で放映された内容をご紹介下さったものである。

番組で取り上げられた熊谷知紀君は、生後4か月から中学入学式の前日(に、ご召天)まで、その壮絶ながんとの闘いは続いた。

こういったことを回避するために、国立がん研究センター中央病院は、今年6月23日、『希少がんセンター』を設立した。

まず、異変に気づいたら、希少がんセンターに相談することだと思う。しかし、国立がん研究センター中央病院に受診できるためには、すでに他病院でがんと確定され、その紹介状が必要なのである。

地方では、がん診断が遅れる!このタイムラグの間にがんはどんどん進行する。国立がん研究センターに行き着くまでに手遅れになるのが現状ではないのだろうか。

迅速に救済する方法が一日も早く構築されることを切に願うものである。がんは、一刻を争うし、待ってもくれないのだから・・。

・・・・・6月30日放映;『NHKおはよう日本』より・・・・・・

続いては、子どものがん、小児がんについてです。
 
子どもが亡くなる病気では最も多くなっていますが、国のがん対策は大人のがんを中心に進められ、これまで小児がんの医療体制は、なかなか整備されてきませんでした。

小児がんと闘い続けた患者とその母親を取材しました。盛岡市の熊谷佐織さんです。3年前に12歳だった次男を小児がんで亡くしました。

知紀君。
4種類のがんの治療を受け、中学校に入学する前日、亡くなりました。最初に知紀君の異変に気付いたのは、生後4か月のときです。

眼球が奥まで透き通って見えるのが不思議に思え、地元の眼科に連れていきましたが、目薬を処方され、様子を見るように言われました。

その後、眼球が出血して、再び眼科に連れていくと、今度はすぐに地元の総合病院に行くようにと言われました。

地元の総合病院から、さらに紹介された東京のがんの専門病院で、知紀君は目に出来るがん、網膜芽細胞腫と診断されました。

異変に気付いてからおよそ5か月が経過していました。すでにがんは進行し、眼球を残すと命に関わるため、知紀君の両目は摘出せざるをえませんでした。

熊谷さんは、医師からもっと早く診断できていれば、摘出せずに済んだかもしれないと言われました。

両目を失った知紀君は、支援学校に入学しました。明るく元気な知紀君。小学3年生になる前の春休みに、今度は歯の痛みを訴えるようになりました。

次第にあごが膨れ、地元の総合病院に連れていくと、骨などに発症するユーイング肉腫と診断されました。

右あごを全部取るという治療方針に、熊谷さんは大きなショックを受けました。会話や食事ができなくなるかもしれないという重い決断。

熊谷さんは、医師の話を知紀君に伝えました。なんとか、あごを残す治療法はないのか。熊谷さんはパソコンなどを使って、病院を必死に探しました。

東京の病院では、地元で聞いた方針とは違い、右あごの部分を残すことができました。6年生になった知紀君は、家族への思いを作文にしています。それをみずからのことばで発表しました。

この4か月後、知紀君は別のがんを発症し、静かに息を引き取りました。取材に当たった仙台放送局の山田記者です。

山田さん、今の熊谷さんのようなケースを見ていますと、なんとかならなかったのかと思いますね。
問題の一つは、これまではリポートにあったように、最初にかかった病院で小児がんが見過ごされることが少なくなかったことなんです。

小児がんを発症する子どもは年間2500人ほどにもかかわらず、そのがんの種類は多岐にわたっているからなんです。

さらに、小児がんは体のどこに発症するかや、年齢によって、治療方法が大きく変わり、治療には高い専門性が必要とされています。

しかし、これまでは少ない小児がん治療を数多くの病院で行ってきたため、病院の専門性が向上しづらいという問題もありました。

そうした中で、対策というのは取られているんでしょうか?熊谷さんのような患者家族や医療関係者の声を受けて、国は新しいがん対策の一つとして、去年2月、全国15の医療機関を初めて小児がん拠点病院に指定しました。こちらです。

この小児がん拠点病院には、小児がん患者が地域のどの病院でも早期に発見できるように啓発したり、治療が難しい小児がんの患者を集めて、より質の高い医療を提供したりという役割が期待されています。

東北地方の小児がん拠点病院、東北大学病院では、新たな取り組みが始まっています。東北大学病院で、新たに始めたのが、ほかの病院とインターネットでつないで、最善の治療を検討する取り組みです。

この患者さんの最初のITでの治療のとき、治療への反応はどうだったの?反応は良好ですけど、離脱できなくて。

月に1度、互いの病院の患者の情報を共有し、最善の治療法は何か、意見を交換しています。
現在は宮城県内の病院との間だけで行っていますが、将来的にはほかの県の病院とも連携したいと考えています。

さらに遠く離れた場所から来る小児がん患者とその家族のために、子どもの個室を9部屋から12部屋に増やすことを決めたほか、付き添う家族のための簡易ベッドを、新たに33台整備しました。

小児がん拠点病院が整備されたことで、今後、小児がん対策は進んでいくことになるんでしょうか。
そうとは言いきれません。

といいますと?

今回、私たちは全国15か所の小児がん拠点病院にアンケートを行いました。こちらです。

小児がん拠点病院だということを、病院のホームページなどで分かりやすく明示しているかを聞いたところ、15のうち6つの病院が、指定から1年以上が経過した今でも、まだ明示していませんでした。

さらに拠点病院の指定前と後の患者数の増減については、必ずしも増加しておらず、患者の集約化はあまり進んでいない実態がうかがえました。

アンケートの中には、患者数の少ない小児がん患者を、みずからの病院で治療したいという理由で抱え込み、拠点病院に送ってこないという指摘もあったんです。

そうすると、まずはそうした点の解決が急がれますよね。

そのとおりだと思います。

より多くの患者家族に、小児がん拠点病院の存在を知ってもらうとともに、地域の医療機関に対しても、連携を呼びかけていく必要があると思います。

もう一つ、小児がんは、治療に使う抗がん剤や放射線によって、晩期合併症というさまざまな後遺症を引き起こすことがあります。

小児がんの患者は、治療を終えたあとに、長い人生が続きます。そのため、小児がん拠点病院には、患者の成長に合わせて、長期にわたって見守っていく体制作りも必要なんです。

15の拠点病院の取り組みについては、厚生労働省の下で、近く検証委員会が開かれる見通しになっています。

小児がんの新しい医療体制はまだ始まったばかりです。

一人でも多くの小児がん患者を救える体制を作ってほしいと思います。

そうですよね。

ここまで、小児がんの医療体制についてお伝えしました。
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網膜芽細胞腫とは
網膜芽細胞腫は網膜に発生する悪性腫瘍(しゅよう)です。乳幼児に多い病気であり、出生児15,00016,000人につき1人の割合で発症しています。

網膜に腫瘍ができると視力が低下しますが、乳幼児はまだ、ものが見える、見えないという状態がよくわからず、その状態を伝えられないことから、発見されたときには進行している場合も少なくありません。

ある程度進行すると、光が腫瘍に反射して夜のネコの眼のように白く光って見えたり、左右の眼球の向きが合っていない状態(斜視:しゃし)になったりします。

その他、まぶたの腫(は)れがみられることもあります。こうした症状に家族が気付いて受診する場合が多く、
95%が5歳までに診断されます。

早く治療が行われれば生命に関わることは少なく、治癒(ちゆ)させることができます。全国登録の結果では、約
9割の患者が、がんの治癒の目安である治療後5年の経過以降も生存しています。
遺伝・遺伝子について
この腫瘍は、特定の遺伝子(RB1遺伝子)の異常と関連していることがわかっています。たまたま網膜の細胞の遺伝子が傷ついて腫瘍が発生したときは、必ず片眼性(へんがんせい:片方の眼球だけに発症)であり遺伝することはありません。

体の全ての細胞にこの遺伝子の異常がある場合は原因となる遺伝子が子どもに引き継がれることがあり、その子どもも網膜芽細胞腫にかかる可能性があります。

両眼性(りょうがんせい)網膜芽細胞腫の全てと片眼性の
1015%が相当します。またRB1遺伝子の異常は、将来、骨肉腫など別の悪性腫瘍を引き起こす可能性もあるため、注意深く観察する必要があります。

家系に1人しか網膜芽細胞腫の患者がいない場合で両眼性の場合にはその患児の子どもには49%、片眼性の場合には5%で網膜芽細胞腫が発生するとされています。

現在、遺伝子解析技術が進歩しており、血液検査により、ある程度遺伝子異常を検出できるようになってきました。

遺伝子検査の目的、限界を十分理解していただくために、遺伝相談外来などでカウンセリングも行われています。
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C.O.M.M.E.N.T

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2014/07/05 (Sat) 14:28 | # | | 編集 | 返信

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