2015_01
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(Wed)19:08

代替治療に走る前に!読売新聞医療サイト:ヨミドクターより

  代替治療に走る前に…「目的」と「手段」の話

世の中には様々な価値観があります。

生きることや医療に関しても、1億人いれば1億人ごとに異なる価値観があります。できるだけ長生きしたい、100歳まで元気で生きたいという方がいます。

一方で、70代まで生きれば十分という方もいます。

早期発見してがんになりたくないという方もいますし、他の病気よりはがんで死にたいという方もいます。

大切なのは、「目的」と「手段」が一致することだと思います。

例えば、「自分は80歳だ。次に病気になった時は、それは天命であり、苦痛なく逝けることを大切にしたい」と思う方が、放置することのデメリットもあることを知りつつも、自身の価値観に照らしあわせて、がんと診断された時に無治療を望む、というのは理解できるものです。

実際に、そのようにがんの無治療(「+症状緩和」の治療も含む)を選ばれた方も、私は何人も知っています。そのような方たちは悔いが少なかったのです。

一方で、「自分は60歳だ。まだ生きたい。しかしがんは放置しても死なないそうではないか。あるいは『本物のがん』ならば治療は無効だから、いずれにせよ治療する意味はないそうではないか」という方ががんと診断された時に、「まずは様子見で」としているうちに命に関わってしまうとどうでしょうか?

実は「生きたい」というところに注意が必要です。

このような場合は「放置しなければ良かったかな……」と悔いが残ることでしょう。

30代でお子さんも小さく、「当然まだ生きたい」という進行がんの方が、標準治療を中止して、科学的根拠の乏しい(怪しい類の)免疫治療や食事療法、代替療法に専念することがあります。

昨年12月18日の記事で述べた女性も、「生きたかった」のに後者を選択し、入院してきた時には標準的な治療を行えないくらい衰弱し、治療を受けることなく逝かれました。

昨年も、入院時に化学療法ができるかできないかくらい衰弱が激しく転移も顕著で病気がかなり進行していた乳がんの患者さんが数人いらっしゃいましたが、化学療法がよく効いて、越年することが可能になっています。

もちろん治療しなければ、越年など無理だったでしょう。そして彼女らは
いまだ治療を受けていて、まだ「余命があとどれくらい」というような差し迫った状態にはありません。

確率で言えば、何度も検証されている標準治療のほうが、効果も副作用も知られていますから、実は目的をかなえるために負う危険は少ないのです。

効くのだか効かないのだかがわからないハイリスクな賭けをして目的が叶えられない危険よりも、それは軽いとは言えましょう。

免疫治療や食事療法、代替医療は、手術や抗がん剤と比べて負担が少ないように見えるために、また「自然にがんを治す」「免疫を高めてがんを倒す」という言葉は病者を
いざないますから、しばしば苦悩されている患者さんの受け皿になります。

しかし、多くの専門家が行う調査で厳しく評価されていませんので、効果が疑わしいものが多数あります。目的が叶わない危険性も相対的に強いと言えましょう。

もちろん中にはそれらの治療が効く場合だってあるかもしれません。それらの成功例を集めた本もあります。昨年もジャストミート(ぴったり合致)するような題名で出版されて、売れている本があります(余談ですが、日本人著者だと厳しく内容を判断・評価しても、海外著者の翻訳だと評価が甘い印象を感じます)。

しかし、それらの本にはその数倍以上とも推測される「それで失敗した例」は記されません。成功例は100分の1かもしれませんし、1000分の1か、ひょっとすると10000分の1かもしれません。

私はそのような本に「成功した例」として挙げられていた要素を満たしつつも望まぬ最期を迎えた方をたくさん知っています。

それら「がんが自然に治る」ことをうたう文章には分母が示されておらず、くじ引き試験などの根拠が強い調査等で科学的に検証されていないので、その選択がどこに着地するかは、実際は未知数なのです。

たまたまその結果がおおよそ読めない賭けに出て勝利した人の体験談を集めた本の内容が、そのまま大多数に当てはまるか、同じように勝てるのかというとそうではないと思います。宝くじの1等を当てた人に、当てた方法を聞くようなものなのです。

そうやって考えると、実は標準的ではない治療が、標準治療以上に賭けだということが理解できると思います。

私たちは患者として治療を受ける時に、副作用も心配します。副作用がいろいろあると、「リスクが高い」と思うかもしれません。しかし「目的を叶えるために可能性が高い選択を選ぶ」という観点からすると、標準的ではない治療は実はリスキーなのです。

私はそれを理解して賭けに出る、という選択ももちろんあると思います。一方で、くれぐれもそれを理解して臨んで頂ければとも思うのです。そうではないとうまくいかなかった際に、後悔につながってしまうかもしれません。

私は標準的治療が好きでも嫌いでもありません。それは人類が試行錯誤の結果としてたどりついた一つの「道具」です。目的を叶えるための道具としてふさわしければ選択するべきだし、自身の人生の目的に合致しないならば選択しなくても良いでしょう。

ただ、まずは自身の「目的」がはっきりしないと、良い選択ができません。全てはそれを明らかにすることから、そのように考えます。

皆さんの生きる「目的」は何ですか?

その問いが、望ましい手段を選択する時の支えとなるでしょう。

大津 秀一(おおつ しゅういち)

緩和医療医。東邦大学医療センター大森病院緩和ケアセンター長。茨城県生まれ。岐阜大学医学部卒業。日本緩和医療学会緩和医療専門医、がん治療認定医、老年病専門医、日本消化器病学会専門医、日本内科学会認定内科医、2006年度笹川医学医療研究財団ホスピス緩和ケアドクター養成コース修了。内科医としての経験の後、ホスピス、在宅療養支援診療所、大学病院に勤務し緩和医療、在宅緩和ケアを実践。著書に『死ぬときに後悔すること25』『人生の〆方』(新潮文庫)、『どんな病気でも後悔しない死に方』(KADOKAWA)、『大切な人を看取る作法』『傾聴力』(大和書房)、『「いい人生だった」と言える10の習慣』(青春出版社)、『死ぬときに人はどうなる』(致知出版社)などがある。

大津秀一のオフィシャルブログ http://ameblo.jp/setakan/

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2015年1月8日 読売新聞)

C.O.M.M.E.N.T

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