2015_03
07
(Sat)21:10

逡巡の末に勇気を振り絞って辞退!

実は私は、厚労省の補助金で運営されている、とある相談機関の相談員に応募していた。履歴書や志望動機、必要なライセンスなど、かなり細かい内容の応募用紙に記入して添付送信していた。その応募期間中であることは、twitterで知り、締め切り間際で応募した。

かなりの競争倍率であることはネットなどで知っていたが、きっと書類審査は通るであろうと思っていた。それは、こんな項目があったからだ。

社会資源の開発などコミュニティワーク実績(事業所、活動、組織、ネットワークなどの創設※自ら立ち上げたもののみ

まさに、がん患者会シャロームの立ち上げは、社会資源の開発そのものだからだ。

つい先日、第一次審査クリアー通知と同時に、筆記試験とヒヤリング(面接試験)の日程が書かれてあった。その試験日が今日であった。埼玉会場は何と、某法律事務所。1時から4時まで。

しかし、今朝、私は早く目が覚めてPCに向かった。今朝の今朝まで私はこの試験を受けるつもりであった。しかし、24時間対応のフリーダイヤルでの相談。

あらゆるジャンルのご相談に、本当に私は対応できるだろうか。(勿論、何ヶ月にも及ぶ研修はあっても)更にニーズは多く、なかなかその電話はつながらないという。

一週間に一日位しか活動出来ないが、それでもいいのだろうか。その一日だって、24時間は体が持たないのでは・・・こんな我儘を受け入れてもられるのだろうか、など、不安材料が私に覆いかぶさってきた。

私は、自分の気持ちに無理をしてやしないか、何事にも挑戦することは大切であるが、学びたい、救いたというこの思いは、私の現状を無視した、とりもなおさず私の強い自我ではないのか、

今、患者会や病院の中でのピアサポートの他に、フリーダイヤルでの不特定多数のご相談をお受けする時間はあるのか・・・。

物理的に無理なことを私はどうして応募したのだろう。サポートという意味ではすべてが繋がっている。しかし、私のこの体はひとつしかない。これ以上何かを増やすことは、その結果は、火を見るより明らか。

思いは行きつ戻りつし逡巡していた。自分の本当の気持ち(本音)に向き合った。もし、辞退したら・・と想定するだけで、どこかに肩の荷が下りたような気分になった。支援活動は、その人の期が熟して初めて人のためになる。

私は、背伸びをしていたことに気付いた。そして、すぐに下記のようなメールを送った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


大変申し訳ありませんが、逡巡の末に、本日の選考試験を辞退させていただけたらと思います。

やはり、熟考した結果、時間的にも相談内容的にも自分には、分限を超えた働きであるという思いに至りました。

人の相談どころか、自分自身が重荷となりつぶれてしまうのでは・・という自分の力不足に気づきました。

申し訳ありません。

貴団体の相談活動が心痛める人たちにとって
救済の相談機関となりますよう心からお祈りいたします。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
これを送信したら、急に眠気が襲ってきた。二度寝をするなんて、何年振りだろう。目が覚めたら9時だった。重くのしかかっていたことから解放され、気持ちが軽くなった。先方にはご迷惑をお掛けしてしまったが、断る勇気を出したことは正解だったと思っている。

夕方、夫にそんな話をした。すると、『辞退したんだぁ~。(勿体ないなぁ~というようなニュアンス)すごい倍率なんだよねあれ。僕もリタイヤしたらそういうのやろうと思ってる。』とのことであった。

私はもうリベンジはしない。私のなすべきこと、私でなければならないこと、これからじっくり吟味して熟考して、前に進めらたらと思っている。

C.O.M.M.E.N.T

コメントの投稿

非公開コメント