2015_07
24
(Fri)14:45

今、私は涙している。理解してもらえたことが兎に角嬉しい!

友人とランチして帰宅した。当たり前にPCを開いた。PCは私の日常に欠かせない。一人の患者会の代表からmailが届いていた。

私は、私の闘病記が書かれてある冊子を送付した。私が、『読まれませんか?』と押し付けて嫌が応にも、『送って下さい。』と返事をせざるを得ない方向に持って行った。

こんなことは、珍しい。噂に聞いて、『シャロームさん。私にも送ってもらえませんか?』と言われて、信用する相手には送らせて頂き、読んで頂いていた。

ところがこの患者会の代表には、私から、アプローチをした。どうしてか。それは、この方なら、きっと私の苦悩も私の悲しみも、私の憤りも、きっと、きっと理解してもらえるのではないかと思ったからだ。

私は、病院の中で、ピアサポーターをさせて頂いている。東京都と埼玉県。私は、この私の弱さを未だに抱き続けているからこそ、このピアサポーターをやらせて頂いても許されると思っている。

もし、私が、がんに打ち勝ち、がんに前向きで、がんをまるで征圧していると思っているような輩であるなら、ピアサポーターとしては失格だと私的には思っている。

ピアサポートは、弱さで触れ合う場所である。来談者の苦しみや弱さをしっかりと受け止め、深く理解し、その思いに自分も重ね合わせる・・・・そんな弱さを持ち合わせているサポーターだからこそ、ご相談者の気持ちにぴたりと寄り添うことが出来ると思っている。体験者に聴いてもらいたいとはそういうことである。

サポーターは、教育者でもアドバイザーでも指導者でもない。そこを決して取り違えてはいけない。解決ではなく、吐き出すことで気持ちの解消が図れることを目的としている。

私の目には狂いはなかった。闘病記を送った彼から、その読後の感想が本日送られてきた。私は、一見するととても明るく、とても前向きで、とても力強く、凹まない強靭な精神力の持ち主のように思われがちである。

だから、私は、もう、私の苦悩は、誰にも理解してもらえない。誰にも分かってもらえない。誰も、信じてもらえない。そういった辛いリアクションを今までに何度も嫌というほど味わった。

だからこそ、私は、一回、一回のピアサポートを精一杯イマジネーションを働かせてその来談者のお気持ちを推し量ろうと傾注する。私のような思いには決してさせてはいけない。そんな深い思いがある。

時に涙し、時に思いもよらぬ閃きを感じることがある。そんな閃きの言葉が来談者のフックにかかり、『気持ちが軽くなりました。』と言われることがよくある。

それは、私が決して今、勝利者でないからである。だから私は弱さを誇りたいと思っている。誰にも理解してもらえない寂しい思いをしているご相談者がいるに違いない。私と同じように誰からも真剣に受け止めてもらえない来談者がきっとおられる。

だから、一期一会。一見様。後戻りも、やり直しも効かない。いつも全身全霊で関わらせて頂いている。何故なら、今回のように私を理解して下さった方がいて下さることがどんなに嬉しいか。どんなに気持ちが落ち着くか。どんなに心が穏やかになるか、ただ、抱えている問題を解決などしてくれなくていい。

一番、欲しいものは、私を分かって欲しい。見た目で判断しないで欲しい。毎日を必死で積み重ねているがん患者の深淵の苦しみに触れて欲しい。ご相談者はそんな思いで、このピアサポートを訪れて下さる。

自分の訴えをしっかり間違いなくそのまんまを受け止めて頂けることが、どんなに仕合せと感じることが出来るか。その大安心があれば、きっと次の活路を来談者自身が見つけることが出来る。

今は、そうでなくても、自分を分かってもらえたことから、きっと何かが始まる。ご相談者は、何かを求めていると勘違いしてはいけない。どっぷりと今の苦悩を受け止めて欲しいのだ。言っていることを真実と信じて欲しいのだ。

私の苦悩は、終わらない。今でも、健康であった自分に戻りたいと本当に思っている。そんなこと、『叶わないことをいつまで訴え続けるか、いい加減に思考を変えましょう。』などと見当違いのことを提示するようなピアサポーターがもしいたとしたら、その人は、サポーターをやるべきではない。

不適任者である。

弱さで触れ合う。分かり合える関係。支え合える関係。慰め合える関係。痛みを分かち合う関係。そんなインタレクティブ(双方向)な関係。それがピアサポーターだと思っている。

私はまだ、彼にお会いしたことはない。でも、彼は、私の素晴らしいピアサポーターであった。今もなお、理解してもらえた喜びで涙が止まらない。私をどうしようなんて思わないで欲しい。私は、自己解決能力を備えている。

64年間。ずっと私は今日まで生き続けてきた。(毎日を積み重ねて来た。)それが論より証拠。私は、いつまでも、やっぱり、心のひだに、心の機微に触れて欲しいと思っている。それは、否定しないで、私の辛さを辛さのままにキャッチすることである。

私もまた、ご相談者の叫びに全身全霊で、心を尽くしてお話を聴かせて頂きたいと思っている。ピアサポは、弱さで触れ合う場所である。それを取り違えてはいけない。

C.O.M.M.E.N.T

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