2015_10
25
(Sun)18:12

参議院議員会館前のいちょう並木のぎんなん:ウマウマ!

この間、私は、いちょう並木の幹元に落ちているぎんなんを拾った。会員さんがちょうどビニール袋を下さったので、それでわしづかみで3回分。

密閉すれば臭くない。翌日、キッチンで処理をしたが、部屋中にあの独特の臭いが充満。しばらく取れなかった。(笑)その原型の画像撮影を忘れた。

処理した後一日テラスで干して、こんな感じ↓

ぎんなん1 ぎんなん2
小さなペンチでカチンとひびを入れてレンジで1分半↑
 
よく紙袋というが、お皿の上にぎんなんを乗せて、レンジ用蓋で充分↑

ぎんなん3 
殻と薄皮を剥き緑色のぎんなんを食す↑一日10粒。

これがまた美味しい。これは、本日の夫のおやつ↑
それ以上はアレルギーをおこすよ。

母がいつも、ホーロー鍋で炒ってくれていたのが懐かしい。私の故郷は、四国の片田舎、教師をしていた両親は、結婚と同時に母が退職。(当時は、薄給であるにも関わらず、稼ぎ頭は男という社会の風潮であった。)

だから我が家は、いつも困窮状態。母が工面して、工面して生活していた後ろ姿を見て育った。でも、我が家が貧乏だって、ちっとも認識がなかった。

見渡す限り、みんな、同じようなレベルの生活をされていた。どちらかというとそれでもまだ、我が家は、まだましだったような気がする。継ぎはぎだらけの靴下や洋服のほとんどがお下がりだったけど・・・。

そして、みんな平和で幸せに満ちていた。幸せは、決してお金ではないと、私は心からそう思っている。でもって、私は物を捨てられない。我が家のお庭に出来た物は、何一つ無駄にしない。無駄に出来ない。

だって、私の田舎暮らしは、池に行ってタニシを捕まえたり、(甘辛く煮る)用水路でシジミをとったり(売っている男の子もいた。)、蜂の巣の鉢の幼虫を食べたり、(これは、生で飲み込む。)お庭には、さくらんぼやイチジク、柿やゆすら。お店で果物を買った記憶はほとんどない。

そんな風光明媚で楽しい幼少期を私は過ごした。そうそう、父は、アユ釣り(投網=とあみと読む)やうなぎをよく取っていた。川は、清流だった。(今は、知らないけど。)

更に、空気銃で射止めたすずめも砂糖醤油で焼いて食べてたっけ。希少で高級なので、我々の口にはあまり入らなかった。

鶏舎もあったし、やぎも飼っていた、やぎのお乳で育った。そのお蔭か、私の身長は、162㎝。三人兄姉の中で、それでも一番背が低い。(そうか、昔は、自給自足に近かったのだ。)

先日、我が家の庭の三つ葉の群生に頭を抱えた私、美味しい食べ方をネットで知った。これは、本当に美味しいし、独特の臭みもない。お試しあれ!
http://cookpad.com/recipe/3395221

今、お庭には、夏みかんとレモンがなっている。売れるとりんごと合わせてジュースにする。(今はやりのスムージーってやつ)

ニラも随時収穫。ニラソースや、ニラ玉、おそうめんのタレの中にも入れる。ローリエも、ローズマリーも、オレガノもある。忙しくて、草取りも出来ないけど、それなりに食材の宝庫。

季節外れのイチジクは、五月雨に収穫し、冷凍庫に入れておき、まとめてジャムにする。こんな感じ↓
イチジク ジャム いちじくとジャム う~ん。最高の贅沢でしょ?

C.O.M.M.E.N.T

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