2017_01
09
(Mon)17:24

がんの知識(学び)は、絶対に必要!

断捨離はいぜん、続行中である。

不要な物の山の中から、本当に色んなものが出てくる。本やメールなどのプリントアウトされたものは、一番最後に考えようと思うのだが、どうしても、ついつい開いてみる。

わざわざプリントアウトしているのだから、貴重だから保存しておこうと当時思ったのだろう。整理整頓の苦手な私は、やっぱり、雑然と雑多な物の中にそんなものも紛れ込んでいる。

日付は、2004年3月。

彼女とは、ネットの中の患者会で知り合った。当時は、本当にML(メーリングリスト)は、花盛りで、各々が、自由闊達に思いを投稿していた。

ほどなくして、彼女からDM(ダイレクトメール)が来るようになり、ネットの外でも会うようになった。召天された方でも、事細かくは書けないが、

彼女は、ステージⅡではあったが、術前化学療法をしていた。しかし、1㎝の腫瘍は、その間に大きくなった。(術前化学療法は、100%効果がある訳ではないのだ。)

彼女のメールには、『手術という選択肢もありましたが、自身で化学治療の続行を希望した。』と書かれてある。勿論、別の抗がん剤である。(メールには、タキソールに変更とある。)

次の化学療法も、効果がなく、手術に踏み切るのであるが、メールの中には、リンパ節転移はない。grade(グレード=悪性度)は、3で高かった。

今だから、高いと私も言えるが、当時は、そこまで頭が回らなかった。彼女もそうだったに違いない。

その時に担当した医者から、それでも、手術に踏み切れない彼女に、『あなたは、このままだと3ヶ月先には、亡くなりますよ。』と、言ったという。

国立がん研究センター中央病院に手術を終えて入院していた彼女から、ある日、泣きながら電話が来た。『実は、手術の前に、後3ヶ月後で私は死ぬと言われ、手術に変更したが、ものすごく悔しい。』という内容だった。

すぐに、『どういうことなんでしょう。こんな乱暴なことを患者に伝えていいのでしょうか?その彼女は、今、入院しています。事実関係を調べて頂けませんか?』、国立がん研究センター中央病院の私の主治医に伝えた。

すると、私の主治医が彼女の主治医ではなかったが、当時の腫瘍内科の科長と一緒に、彼女の病棟に謝罪に行ったということであった。

『謝罪して下さり、気持ちが落ち着いた。』と、彼女から電話があった。

そこで、ネットの友人三人でお見舞いに行った。国がんのお見舞いのラウンジには、(そのフロアーには)狭いが、二部屋個室がある。そこで、色んなお話を聞かせて頂いた。

今、私は回顧しながら書いている。

当時の国がんは、患者で溢れていた。その乱暴に?手術を急かした医師は、本当に悪かったのだろうか。

実は、彼女は、国がんでも、非常に珍しいケースであったと、後でご主人から聞かされたが、何と、彼女は、術後一年以内に亡くなったのだ。

『早くしないと、あなたは、死にます。』確かに、がんに対して何の知識もない患者にとって、この言葉は、脳天を金づちで、ぶん殴られるようなものだ。

しかし、どうだろう。だからこそ、一番最後の診察に回してもらい、『こういう状況だから、速やかに手術をしないと、取り返しのつかないことになります。次の抗がん剤を試す前に、手術に切り替えた方がベストです。』時間を掛けて説明があったとしたら、どうだろう。

患者は、がんと告知されるだけで動揺しているのだから、そこで、自分のがんの勉強(情報)なんて、そんな気持ちの余裕などない!と言われれば、それまでかもしれない。

しかし、当時、私に今のような知識があったとしたら、傍らにいる者として、私もまた、嫌われることを覚悟で、必死になって手術を勧めたと思う。

私も当時は、治療中ではあったが、その頃から、ネットで知り合った方の診察に同伴したり、少しずつ知識の引き出しが増えつつある時期だった。

彼女が、どうしても手術に踏み切れなかった背景も知っている。それでも、北斗晶さんの主治医のように、『5年先のことを考えましょう。』と、深刻且つ真剣に病状を説明されていたとしたら、どうだっただろうかと、悔やまれる。

一旦、元気に退院し、ネットのオフ会にも参加してくれていた。が、間もなく再発し、その年になくなったと記憶している。

お見舞いに行くと、お母様から、『あなたは、お元気でいいわね。』と、嫌味のように言われたこともある。致し方ない。そんな気持ちも今では分からぬでもない。

ご主人から、それを察して、すぐに謝罪の電話を頂いた。

私を慕ってくれて、自分も元気になったら、私のように、患者さんをサポートしたいと抱負を語っていた彼女だったが、志半ばで、突っ走るように旅立った。

最後に会った時、病室は、個室に移されていた。私が来るのをとても楽しみに待っていてくれていて、今まで食が進まなかったにも関わらず、まるで子供が嬉しくてはしゃぐような感じで、ご家族が驚くほど箸を運んでくれた。

その後、間もなく召天されたと、ご主人から伺った。

そんな沢山の経験を積み、私はその2年後に、このがん患者会シャロームを立ち上げた。患者も患者会の代表も、がんだけは、絶対に知識が必要だと痛切に感じている。

2004年のそのメールには、『抗がん剤の感受性テストは、なぜ、個々の患者に対して、されないのか。』と、書かれてある。

がんは、増殖する度に、顔・形を変えるので、当時の感受性テストはしても意味がないと言われていた。しかし、今、遺伝子検査が注目視されている。

あるがん専門医が言われた。『後5年もすると、がん治療はガラリと変わっていると思う・・・』と。今、再発・転移をしている患者さんにとって、その言葉は希望だ。

そして、その時まで、どうか、その命を生きながらえさせて欲しいと切に祈るものである。


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