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(Wed)21:41

夫の執刀医:神の手と言われる天野篤医師の興味ある記事(上)麻雀三昧で三浪!

授業さぼり麻雀三昧、「神の手」外科医の浦高時代 天野篤・順天堂大学医学部付属順天堂医院院長が語る(上)

NIKKEI STYLE 2017/5/22

 天皇陛下の心臓冠動脈バイパス手術の執刀医として知られる、順天堂大学医学部付属順天堂医院の天野篤院長(61)。

年間400件もの手術を成功させるその腕は、「ゴッドハンド(神の手)」とも称される。天野氏が自らの原点と語るのが、高い東京大学合格実績を誇る母校の埼玉県立浦和高校(浦高)だ。スーパードクターは浦高で何を得たのか。

 浦高は自由放任主義だった。

 浦高出身者には、異色の存在というか、個性派が多いですね。代表は、ミュージシャンのタケカワユキヒデさんや元外務官僚の佐藤優さん。宇宙飛行士の若田光一さんも浦高ですが、彼は異色というよりは、すごく優秀なタイプだと思います。私自身は、かなり異色でした。今でも周りから変わり者と言われます。

 浦高からなぜ変わり者が生まれるかというと、放任主義がかなり影響していると思います。例えば、先生の中には、世間話に終始したり、自分の書いた本を延々と宣伝したりと、授業中、脱線する先生が何人もいました。

こいつらは放っておいても、そこそこいい大学に行けるだろうから、ゴリゴリやる必要はないだろうと先生たちは思っていたのかもしれません。

 先生も先生なら、生徒も生徒で、先生の話などそっちのけで、好き勝手なことをしたり寝ていたりする生徒もたくさんいました。私自身もそうでしたが、授業をさぼる生徒も結構いました。出席をとらないので、いなくてもわからない。今の大学よりはるかに自由でしたね。

 受験を控えた高3になっても相変わらずそんな感じで、家で受験勉強するために早退する生徒もいましたし、授業が自習になると、私などはよく友達と校庭でサッカーやラグビーをして遊んでいました。授業に出る生徒は、真面目というよりは、受験勉強に余裕があって、暇だから授業に来たという感じでした。

 ただし、放任主義は、私がいたころの話で、今はかなり変わってきていると聞いています。

「浦高名物の強歩大会では3年間トップクラス。外科医に欠かせない持久力は私の強み」と話す

 打ち込んだのは、麻雀とスキーだった。

 授業をさぼって何をしていたかというと、麻雀(マージャン)です。写真部の部室に地下室があって、その部屋で隠れて卓を囲んでいました。授業に出ても寝ているぐらいなら、麻雀でもやった方がいいだろうという感覚です。麻雀をやる生徒は結構いました。リーグ戦があったぐらいですから。

 毎日のように麻雀をしていた時期もありました。数学や化学など自分の好きな科目はきちんと予習して授業にも真面目に出ていましたが、古典などまったく興味のない授業は出ない。逆に、文系希望の生徒は理科系の授業をサボっていたので、全体としてはうまくかみ合っていたんですね。

 入学当初からこうでしたので、最初のテストこそ成績は約400人中60番目ぐらいでしたが、そこからだんだん落ちて来て、300番台が定位置になりました。それでも危機感はなく、相変わらず麻雀に明け暮れていました。

 麻雀と同じくらい一生懸命だったのがスキーです。中学時代に水泳部だった経験を生かして、高校では水泳のインストラクターやプールの監視員のアルバイトをし、ためたお金で毎冬、スキーに行っていました。

 また、浦高には名物の強歩大会というのがあり、毎年、全校生徒が約50キロのコースを制限時間内に自由に走り、疲れたら歩いて順位を競います。

 私は高1の時は32位、高2は18位、高3は24位で、運動部に所属していない生徒の中ではトップクラスでした。

 こうした持久力というのは、人生においても外科医としても、非常に大事だと思っています。人生諦めたら終わりですし、心臓手術も、だいたい2時間半から3時間、手術室に入りっぱなしなので、持久力が欠かせません。

若いころは、16時間連続で手術室にいたこともあります。最近も6時間いたことがありました。持久力は私の強みだと思っています。

 浦高在学中、父親が心不全で倒れ、医者になることを決意した。

 父親は私が中学生のころから体が弱く、母親は私に父のために医者になれと言っていました。ただ、高校時代は私も反抗期だったので、親がそう言うなら、医者はやめてプロスキーヤーか建築家になろうと思った時期もありました。

 ところが、高校2年の時に父親が心不全で倒れ、入院。その時、やはり医者になろう、医者になって父の病気を治そう、そう決心しました。

 しかし、その割には相変わらず真面目に勉強せず、成績も低迷したまま。1県1医大制度が整備されだした頃で、油断していました。私より成績が悪くても私立医大に合格する人もいたので、なんとかなるだろうとタカをくくっていたのです。

 学校の成績が悪いことは親も知っていましたが、特に何も言われませんでした。母親も胃潰瘍で手術をするなど体が弱かったですし、家を新築したばかりで借金の返済に追われていました。

正直、親は生きていくのに精一杯で、子供のことを気に掛けている暇はなかったのだと思います。また、息子が浦高に合格した時点で、達成感のようなものがあったようです。

 その結果、私は、浦高は何とか卒業したものの、大学受験に3度失敗するはめになりました。

(ライター 猪瀬聖)


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