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(Sun)21:23

がん・ステージⅣからの眺め:緩和ケア情報、後に続く人へ 毎日新聞2017.9.24朝刊

記事中に出てくる前田さんは、当会の都内オフ会にもご参加下さったことのある方で、お互い後ろ姿ではあるが、画像はこちら↓

前田さん※DVD画面からの画像なので不鮮明!
左が前田さん。右が私。

ごく最近召天されたが、彼女のあっぱれな生き様を是非、お読み頂けたら幸いである。なお、池谷さんは、当会の会員さんである。

がん・ステージⅣからの眺め
ケア情報、後に続く人へ

今年2月、前田典子さん(左)はケニアのマサイマラ国立保護区の空港に降り立った。前田さんの最期を支えてくれた友人と=友人提供

 がんで最も進行度が高い「ステージ4」。その告知は、患者にとって世界が一変する出来事だ。ステージ4患者を訪ね歩き、病と共に生きる日々について話を聞く。

 「ここに来てほっとしました」。窓から淡い日が差す病室で、前田典子さんは静かにほほえむ。ここは、終末期の患者が過ごす緩和ケア病棟だ。

 前田さんが乳がんと診断されたのは2007年、62歳の時だった。手術を経て2年後、肺に転移した。治療を続けたが、今年5月に脳転移が分かり、8月、東京都内のこの病院に入院した。

 「肺に転移してすぐ、緩和ケアを意識しました」。がんのほとんどは、いったん転移・再発をすれば治癒が難しい。「これから先は、何か起きてからでは1人で対処できない」。シングルの前田さんは、動けるうちに自分で準備しなければと思った。

 古里の松山にはきょうだいがいる。最後は帰ることも考え、緩和ケア病棟がある地元の病院に見学に行った。病室の様子。窓からの眺め。かかる費用は……。考えた末、「やはり最期は自宅近くの病院で」と東京にとどまることに決めた。

 ●自ら冊子を作成

 再発後はホルモン剤や抗がん剤で治療を続けた。15年、新たにがんの進行が分かった。病が進む中、治療や緩和ケアについて知りたいことが次々に出てくる。しかし再発患者に向けた情報はあまりに少ない。

 前田さんはがんを告知される直前まで、ウインドーディスプレーの会社を営み、デザイナーとして第一線で活躍していた。

その行動力で、「後に続く患者のために」と自ら情報を発信しようと思い立つ。同じ乳がんサバイバーで、長く仕事仲間だった池谷光江さん(59)に協力を仰ぎ、自費で患者向けの冊子を作ることにした。

 テーマは「緩和ケア」。「最期まで強い抗がん剤を続けた先輩たちを見てきました。もっと体をいたわっていれば、もっと穏やかに過ごせたのではないか」。

2人で取材を重ね、医師の監修を受けながら、1年半後に冊子が完成。患者会や病院に配布した。「医師とのコミュニケーション」「痛みの伝え方」「緩和ケア病棟の探し方」……患者ならではの視点が医療者にも好評で、増刷を重ね、現在はネットでも公開している
(http://kanjyakanwa.jp/)。

●入院、想定外ばかり

 前田さんは、取材のためにシミュレーションをし、すでに最期を過ごす病院を決めていた。しかし、ここに入院するまでの道のりは遠かった。「現実は、想定外のことばかりでした」

 まず脳転移の放射線治療後、ここまで急激に体調が悪くなるとは思わなかった。食欲がなくなり、退院して約1カ月後、1週間で体重が7キロ落ちた。ちょうど遺言書を書き終えた頃だった。ベッドでぐったりした前田さんを友人が見つけたが、「あのまま死んでいてもおかしくなかった」。

 その後、要介護2の認定を得て訪問介護を受けたが、1人暮らしでは無理がある。決めていた最期を過ごす病院への入院には、主治医の明確な指示が必要だ。

主治医とは信頼関係で結ばれていたが、「病状を少し軽く見ていたようだ」(池谷さん)と、すぐに入院できなかった。

 また緩和ケア病棟に入るには「親族を伴った面談」が必要となる。前田さんには幸い、都内においがいたが、近くに親族がいない人も多いはずだ。「友人では力になれない。緩和ケアについてあれほど調べたのに、考えが甘かった」と池谷さんは肩を落とす。

 結局、準備していたにもかかわらず、前田さんが緩和ケア病棟に移れたのは、急激な体調悪化から1カ月以上後だった。「こんなにハードルがあるとは思わなかった。これからは、緩和ケア医が主治医と対等な立場になり、患者をスムーズに誘導してほしい」。前田さんは、後に続く患者のためにかすれる声を絞り出す。

 ●命の終わり納得

 「死んだらどこに行くのか」。前田さんは再発後、哲学や宗教を学びながら考え続けた。今年2月には、友人と8日間、アフリカを旅した。ケニアのサファリで4日間、動物に囲まれて過ごし、気球に乗って大地を眺めた。命の根源を見つめる旅だった。

 ライオンはシマウマを殺し、子どもとじゃれ合いながら楽しそうに死骸を食べさせている。「それでいいのだ、と思いました」。前田さんは目を細める。命が尽きる時、動物は死を受け入れてただ終わる。「命とはそういうもの。合点がいきました」

 そんな旅の思い出を記者が聞いた5日後、今月17日。前田さんは静かに息を引き取った。「本当にありがとう。思い残すことはありません!」。

旅立つ2日前、前田さんからメールを受け取った池谷さんは「最期まで凜(りん)として生きた。あっぱれです」と前田さんをしのぶ。【三輪晴美】=随時掲載

緩和ケア

 主にがん患者を対象に、「心身のつらさを和らげ、自分らしく生きることを支援する」ケア。体の痛みを薬物で和らげたり、心理士が精神的ケアを行ったりする。

従来は「積極的治療」を終えた終末期の患者が対象とされたが、近年は、告知直後から必要に応じてケアを行うことが推奨される。

ただし現状では、その必要性が医療者に浸透しているとはいえない。今後は「緩和ケア外来」「緩和ケア病棟(ホスピス)」に加え、「在宅緩和ケア」の充実がますます求められる。

C.O.M.M.E.N.T

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