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2018_10
21
(Sun)22:54

『困った時だけごめんなさい。』と恐縮される会員さん!

彼女は、もう会員さんになって何年位たつのだろう。

彼女との出会いは、がん患者用帽子がきっかけ。『がんが転移しました。帽子の注文をお願いします。』というご依頼から始まった。

何気にお話を伺うと、その治療では、脱毛がないのでそもそも、がん患者用帽子は不要である。そして、ご相談に移った。

こういうケースは稀であるが、兎に角、動転されていた。勝俣範之医師のセカンド・オピニオンをお勧めし、あ~ここでも、お節介の芽が出て、そのセカオピに帯同した。

ご主人にもお会いした。そこで、びっくりしたのは、紹介状に書かれてあることは、患者もその夫も、事実もまったく異なることであった。

例えば、『抗がん剤を勧めたが、子供が欲しいのでという理由で拒否された。』と書かれてあった。ご夫妻は、晩婚であったために、一人でも子供がいればよいからと、抗がん剤の提示があれば、受けるつもりであったとのこと。

他にも、聞かされていない病理の結果が、紹介状に書かれていたという具合に、大変不誠実でいい加減な紹介状であったことを覚えている。

何の治療も受けていなかったご夫妻は、『がんじゃなかったんだよ。きっと。』と、もうすっかりがんのことを忘れていた頃(術後10年後)に、骨転移が発覚した。

当時は、再発患者の受け入れを拒んでいた病院の姿勢もあり、勝俣医師からもまた、強硬に転院を断られてしまった。(他の会員さんも、断られたが、現在の病院に移られてからは、転院を受け入れて下さるようになったが、時に、やはり、断られることもある。)

そこで、勝俣医師のイチオシの医師で、国がん研中央でも、レジデント経験のある医師を紹介下さり、そちらの病院に転院出来た。元の病院には、信頼が失墜しも戻ることは絶対にありえない状況であった。

治療が始まったが、その後、非定型大たい骨骨折となり、手術。(因果なもので、骨を強くするための薬剤であるが、この非定型大たい骨骨折が副作用であるのであるから、理解に苦しまれることと思う。)

困った時は、いつも、電話かメールをよこして下さり、ご相談をお受けしていた。その間、都内オフ会(彼女は都内在住)にご参加下さったり、社会保険労務士さんの勉強会に、杉戸まで来て下さったり、JAMTの10周年セミナーにご出席くださったり、

そうだ!去年5月のさいたま緩和ケア講演会、(大宮ソニックシティー)にもご参加下さったっけ。

彼女なりに、精一杯当会に可能な限り繋がって下さっていると思うのだが、彼女は患者の集いに参加出来ないことに対し、心苦しく思っている様子であった。

だから、『困った時だけごめんなさい。』という言葉が冒頭に来る。でも、そうして思って下さることこそが、会の一員としての意識があるということだと私は思う。だから、嬉しい。

彼女には、実は、とても助かったことがある。国立がん研究センター中央病院で、二度目の講師を依頼された時、私と当時副代表が発表をすることになっていた。

ところが、その前日に副代表がお姑さんの体調が悪くなり、私と一緒に発表が出来なくなってしまった。その時のピンチヒッターになって下さったのも、この会員さんである。

当日、宿泊予定だったホテルでリハーサルをし、本当に助けられた。

様々な会員さんがおられる。本当に困った時だけSOSを発信される方もおられる。前出の会員さんのように、『困った時だけごめんなさい。』という言葉はない。

感謝の反対は、当たり前なのだと聞いたことがある。

当たり前だと思うと、確かに感謝は出てこない。感謝して欲しくて言っているのではない。双方向の関係を保つためには、やはり、気持ちの行き来が必要であると思うのである。

彼女は、骨転移の増悪でまたまた動転しておられたが、『また、勝俣先生のセカオピを取りましょう。私の診察が、日本医科大千駄木の本院の日なので、それに合わせましょう。』と提案した。

彼女は、とても喜ばれ、丁寧なメールを頂いた。そして、更に、連絡担当の会員さんにも私とのやりとりをご報告下さったと、連絡担当者から聞いた。

このがん患者会シャロームの活動を当たり前と思う方も、会員さんの中には時におられるが、正直、腹の中では、面白くない。(笑:ごめんなさい。)

やっぱり、心を通じ合わせ、たとえ、音信不通であったとしても、交信を再開した時くらいは、心情的な言葉を交わし合いたいと私は、思っている。

『困った時だけごめんなさい。』という言葉に込められた、相手の思いを私は大切にしたいと思っている。










C.O.M.M.E.N.T

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