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2018_11
18
(Sun)21:31

慣れない!

先日、会員さんが召天された。もう何人もの会員さんを見送っているけれど、慣れない。

気持ちは沈み、その方に心の中で語りかけていたりする。そして、悲しくて涙する。辛いなぁ~。ご遺族は勿論ではあるが、濃厚な関わりをしている会員さんほど、その喪失感は大きい。

ただ、ショックということでは片づけられない私の心情がある。患者の集いや、さくらんぼの会(再発・転移者のランチ会)やイベントなどに参加されると、彼女は、一番に感想のmailを送って下さった。

まるで論文を書くように固い。そして日記を書くように詳細。独特な文体があった。そんなことを言うと、『すみませ~ん。』と、ひょうきんに返事が返ってくる。

初めて患者の集いに参加された時は、緊張なのか、それともそういったイメージもまた彼女の一面なのか、兎に角、とっつきにくい感じで、この方とこれからどう付き合えばいいんだろうと、戸惑ったほどであった。

ところが、少しずつそのお人柄に触れるにつれ、なんとも、初印象とかけ離れた、そう、ひょうきんな一面をお持ちだった。

『は~い。〇〇(自分の名前)頑張りま~す。』と、おどけたように宣言する。一緒に撮った画像は、必ず、『送って下さい。』とお願いされた。

彼女のことだから、シャロームのファイルを作成し、そこに事細かにシャロームでの足跡を残していたに違いない。

フリマ担当の会員さんが、『〇〇さんに、マトリョーシカ沢山買って頂きました。』と、喜んで私に報告してくれたことがあった。

私は、〇〇さんに、『〇〇さん。今までお世話になった方々にプレゼントされるんでしょ?〇〇さんなりの旅立ちの準備でしょ?』というと、黙って、そしてニコリと頷いた。

先日も、終末期にさしかかった会員さんが、『もっと、早くに片づけておけばよかった。こんな早く悪化するとは思わなかった。もう、動けない。』と、メールに書かれてあった。

いや、私は、常々、『今この元気な時に、兎に角、片づけておいてね。みんな後悔するんだから』と、結構口を酸っぱくしていうが、すぐに片づけに取り掛かる人は、まずおられない。

いつかは訪れるけれど、近々ではない!と何故か、確信してしまう。

〝言うは易く行いは難い”のかもしれないが、これは、最後の大事業。しかし、この事業を手掛けることは、言い難い苦しみもある。自分がいなくなった時のことを覚悟して片づけているのだから、想像するだけでも辛い。

折角生かされているこの時間を、最悪な時のために、時間を費やすことが、果たして自分にとって、よいことなのだろうか・・・と、思う人もきっといるだろう。

最期まで、呑気に生きることを選択する方もおられる。正解などない。

しかし、お別れをしなければならないことほど、本当に辛いことはない。正直、お願いだから、みんな急がないで!と言いたくなる。

今まで互いに見つめ合い、互いに呼応し、互いに語り合った相手が自分の目の前から消える。こんな悲しいことはない。

正直、もう、たくさん!いい加減にして!と、どこに訴える訳でもなく叫びたくなる。がんの、いや、がんの再発・転移の末路の厳しさを何度も目の当たりにしてきた私であっても、このことだけは、何回、経験しても慣れない。

こういう出来事に合うたびに、こんな活動はもう止めたい!といつも思う。そもそも、来年三月で13年間の患者会活動を大幅に縮小する。

でも、このさくらんぼの会を楽しみにし、この日を目標にして頑張っているといつも、私に伝え続けていた人のひとりが前述の彼女だった。

だから、14年目を迎えても、私は、さくらんぼの会だけは閉じません!と宣言していたのに、なのに、とっとと逝ってしまった。

気持ちは沈んでいても、それでも私は毎日を積み重ねている。しばらくこの鬱々とした気持ちを引きずりながら、それでも、遺されたものは、生き続けなければならない。そして、いつか、

散る桜、見送る桜も、散る桜。

となるのである。

C.O.M.M.E.N.T

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