千代田線の国会議事堂前で下車し、地上に出ると、もうそこここにポリスマン?が立っており、永田町は、重々しい雰囲気に包まれていました。道行く人たちも何故か、黒とかグレーの服装の人がやたら目に付きました。右手に国会議事堂を見ながら、反対側の参議院議員会館を目指しました。
議員会館に入ると銀行の受付みたいなところで面会票を提出し、山本議員事務所にアポイントがとれているか確認をされ、、押印された許可書を頂きます。それを警備をしている人に見せ、次は、何と、空港の金属探知機のようなところをくぐらされます。
無事通過してエレベーター前で、今日ご一緒する東北の方と合流。山本議員事務所に2人で入室し、今日のテーマについて、早速面談が開始されました。手土産は、どこからも、予算などないのは当然で、私の手作り(いちご大福・ルシアンクッキー・赤飯)を持参しました。山本議員は、『え〜。これ、貴方が作ったの?すごい!』なんて言われちゃったりして。(後日、美味しかったよ。と、メールを頂きました。)
がんにならなければ、私のような者は、国会議員の先生などにこうして、メールをお出ししたり、お目にかかることはなかったと思っています。
しかし、本当に貴重な経験をさせられた・・と、思うと同時に大変複雑な気持ちでもあります。
国立がんセンター中央病院の医師との出会いもさることながら、がんに罹ったことで、私の世界は、広がりました。
でも、そんなものは要らないから私は、元の元気な体にやっぱり戻りたいと正直思ってしまうのです。それほど、がんは手強いのです。それでも、なんだかんだと言いながら、私は、このがんとそして他のがん患者さんの為の医療の質をあげるべく、奔走している私がここにいるのです。
私は、勝手で我がままな患者です。
山本議員のように、がん発覚後ご自分のことよりも国会議員としての勤めを優先されたこと、(これは、どうしても成立させなければならない案件があったのです。)
うまく共存しながら治療の安定をはかり今も、厚生労働委員としての勤めを全うされようとされているお姿に頭が下がります。
地方の方や、都会でも、とんでもはっぷんな治療をされておられる方を目にする度に、私は、国立がんセンター中央病院の医師や総長先生に吠え続けて来ました。
そして、今日は、国会議員の先生のところにまで行って、地方の医療現場の実態を聞いて頂きました。
何と大胆な・・と人は思うかもしれません。でも、がんは命が罹っているのです。自分だけ助かれば後はいい・・という問題ではなく、末端まで最新最前な治療が行き渡るよう声を上げなければならない時もあるのです。
身の丈で出来ることを、出来る範囲で、今後も、このように、関わらせていただこうと思っています。でも、それは、決して一方向ではなく、双方向の関係として私を成長させてくれるのです。
また、明日もセカンド・オピニオンに付き合わせて頂きます。
埼玉県内の、総合病院にかかっている再発者です。
いつも、思うのです。折角のセカンド・オピニオンが、どうか、現場で生かされますように・・・と。
きっと、傍目には、見えないでしょうけど、(私は、いつも、元気そうに見えるらしい。)緊張のあまりどっと、疲れが押し寄せて来ています。今日は、ゆっくりお風呂に入り、早めに就床したいと思います。
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