2007_03
15
(Thu)11:39

鈴木 ヒロミツさん“がん”で死去!

タレントの鈴木 ヒロミツさん(60歳)が肝細胞がんで昨日亡くなられました。今年1月初旬に末期がんで余命3ヶ月と宣告されていたとのこと。

がん患者の闘い様やその生き様(死に様)を折に触れ目にする度に、一歩先行く先輩達の人生は、多くのことを学ばせてくれます。

私ががんに罹らなければあまりこういう記事にも関心や敏感さなどなかったけれど、あの明るく元気のいい鈴木さんの最期を伺うと、彼らしい終焉の時だったのだろうと思います。
そして、私は、『お疲れ様でした。元気をありがとうございました。』と、言葉をかけたい。

昨年末、腹痛の症状で体調不良を訴え、今年初旬にがんを告知される。その後、セカンド・オピニオン。サード・オピニオンでも、診断結果は、変わらなかったという。

『入院して延命をはかるより家族と過ごしたい』と強く希望し、自宅で療養を続けていたといいます。痛み止めを服用しながら週に一度、通院治療(緩和医療)を受けていたとのこと。
そして、何と亡くなる前日の13日に緊急入院し、翌日、眠るように亡くなったのだそうです。

幸せな、本当に幸せな最期だったと私は思います。もし、主婦が倒れたらそこまで夫は、自宅で介護ができるでしょうか?妻が介護者だからこそ、細部に亘る気遣いで、痒いところにも手が届き、住みなれた家でギリギリまで療養することが出来たと思うのです。

子煩悩で仲良しだったご長男の名前を呼びながら、薄れ行く意識の中で、家族の言葉掛けにうなずき反応し、息を引き取るまで最愛の家族とコミュニケーションを取り続けたと報道されています。

家族の平和な環境が、画面から溢れんばかりの朗らかな声を、かもし出していたのか・・と、彼の闘い様から伺い知れます。

ご遺族の上に豊かなお慰めがありますように。

ps
昨年、夏にお電話で、胆管がん、ステージⅣ男性の方のご相談のお電話があったことがあります。彼は、現在、抗がん剤を受けながら延命をされておられ、QOL(生活の質)は、いくらか下がったけれど、通常の生活をされておられます。
人それぞれの闘い様があり、人それぞれの人生があると思います。

本当にがんは、ケースバイケースで、十把一絡げにすることは出来ないものです。
大きな目には見えない力がそこに働いているかのようにも思えます。
命の権限は、我々人間が持っている訳ではないのですね。運命というか・・・。

今日は、がん友と、東京宝塚鑑賞です。昨日の小倉恒子さんではありませんが、がんを通して知り合った仲間は、太くて深い絆で結ばれます。
双方向で励まし合い、慰め合い、喜び合う。

傷を舐めあう?っというようなそんなネガティブなイメージではなく、心から沸きいずる元気が与えられるのです。これを、キャンサーギフトといいます。
宝塚の豪華絢爛さの中に、しばし身を置き、別世界の心地よさを味わい、明日に繋げる元気の源にするのです。行って来ます。です。

C.O.M.M.E.N.T

行ってらっしゃい!

「キャンサーギフト」良い言葉ですね。
私が出来る「キャンサーギフト」って何だろう!?

宝塚でパワーをいただき別世界を味わって来て下さい。

2007/03/15 (Thu) 12:32 | lohas #mQop/nM. | URL | 編集 | 返信

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