心開ける人の存在!

彼女とはネット上で知り合ったが、現在シャロームの会員さん。彼女の初参加は我が家でのバーベキューパーティだった。その時、すでに到着していた男性会員さんに、我が家への道案内を何度も彼女にして頂いた。

そういった経緯もあり、その後のカラオケにお二人も参加。40代の二人は、がんがんはち切れるようなパワーで、私たちを楽しませてくれた。彼の闘病は並大抵ではなかったが、もしかしてその時だけは、病を忘れていられたかも知れない。

彼女は、彼に会いたいと申し出てくれた。平日の患者の集いには、勤務があるので参加は困難だが、今日は夏休みが取れた。

そこで休職中の彼と私とやっと日程が合い、他のシャローム会員さんと合わせて5人のランチオフ会を開くことが出来た。

その帰り、少し話をするために我が家に寄って頂いた。我が家の山積みされたフリマの品物を見て、『これ、私手伝うから3階まで持って上がろう。』ということになった。もともと、こんな散乱状態で我が家に入れるのは?限定された人だけである。

私は彼女に心を開いている。開ける相手がいるということは、何て幸せなことかと思っている。そんなに頻繁に会っていた訳ではない。しかし、肝心な時に会っている。やっぱり彼女もまた安心できる人のひとり。ハラハラして何を言われる分らない・・ということなど一切ない。

もう、折角がんになったんだから、これからの人生無理だけはしたくない。人間関係も厳選したい。多くはいらない。中味の濃いい安心できる関係は、心が穏やかになれて何だか特効薬のようで心もウキウキする。

あまりお互い多くも語らない。ベタベタもしない。必要な時、必要な量だけの関係を無理なく共有する。何て贅沢な・・とも思う。私のような者に、こうして与えられている友情を私は大切にしたいと思う。

さりげない彼女の振る舞いが私を落ち着かせてくれる。勿体ないほど幸せだと感じる。明日からしばらくブログもお休みとなる。留守の間、家に入って植物の水遣りをしてくれる親友。猫ちゃんの世話をしてくれるご近所さん。

その他、心開ける友人が幾人もいてくれる。私のような者に・・と、感謝してもしきれない。私はそんな人たちのお陰で本当に生き易い。全麻の危険はいつも隣り合わせ、もし生還できなくても、私は充分幸せな人生だったと思う。

  1. 2008/08/18(月) 20:35:56|
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フリマ今日の売上!

朝、8時半、約束通り友人が誘いに来てくれる。新しい献品については、値付けが終了していたが、前回の売れ残りの品を3階からまだもって降りれていなかった。

彼女が来てから必死で何度も往復した。もう滝のような汗が吹き出ていた。それでも夏に強い私は、(冬は滅法弱い。)そんなこと意に介せず、いやむしろ、汗が滂沱のごとく流れれば流れるほど、俄然力が湧いてくる。

1時間遅れでフリマ会場に着く。絶妙のコンビの友人と手際よく品物を並べる。兎に角彼女とは、3年間同じ職場で務めた仲だ。お互い良しも悪しもすべて知り尽くしている?私は、彼女といると安心する。でも、時々こんな過酷なボランティアを一緒にすることで、いつか、リタイヤするのではないか・・と、不安がよぎり確認することがある。

すると彼女は、『大丈夫ですよ。任せて下さい。私、楽しいんです。』と、さらりと言ってのける。今、こうしてこのブログを書いていると感謝で涙が滲んでくる。もともと、このフリマのお手伝いは、彼女の方から申し出て下さった。

何の利点などない。得もない。それでも彼女は、私と一緒に声を張り上げてお客さんを呼び込む。私だってボランティア!だけど、彼女には申し訳ない思いでいっぱい。

ずっと前から私が勤務している頃から、彼女は手作りの物をこのフリマ活動に献品してくれていた。一昨年の講演会の時に売った手作りポーチは、彼女の作品だった。今秋の講演会のボランティアも買って出て下さる頼もしい友人。

私は毒気も強く傷つきやすい割には、不用意な言葉で人を傷つけることが多い。それでも、こうして『大丈夫。家族にもちゃんと理解を得ているし、期待してくれていいから・・。』と、言って頂く。勿体無くて、嬉しくて、ありがたくて仕方がない。

昨年一年間お手伝い下さった別の友人もそうだった。無報酬で私の活動に寄り添って下さった。今年からご都合でフリマではご一緒出来なくなったけれど、以前変らず献品では強力な協力を頂いている。

5月から今の友人とフリマ活動をしているが、その間は、シャローム会員さんがお手伝い下さった。でも、シャローム会員さんは、がんを抱える身。私は術後9年目を向かえ、もしかして安定期に差し掛かっているのかもしれない。(こればかりは、分らないが・・。)体力もそれなりに元に近づいている。術後、あまり経過していない会員さんには、フリマ手伝いは過酷過ぎる。

勿論私も無理は出来ない。加齢と共に確実に力は減退している。今私は、めちゃくちゃ疲れてPCの前でほっと息をついている。いつもの大好きな“一番絞り”を飲みながらこのブログを更新している。もうそろそろやめようかな・・。

っということで、今日の売り上げは、33,265円。二人で兎に角頑張りました。きつかったけどすっごく楽しかった。今夜は、ちょっと酔っ払いのシャロームさんでした。

  1. 2008/08/17(日) 22:42:36|
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明日はフリーマーケット

今日は、何故か気持ちがすぐれず悶々とした中で、ただ黙々と値付けをしていた。いつも手伝って下さる元職場の同僚が、『その前日も値付けやるから・・』と、申し出て下さったが、いくら何でも連日は恐縮してお願い出来るものではない。

気持ちが憂いていると、思わぬ事故に遇う。特に階段が危ない。荷物をもっているので足を踏み外すと、明日のフリマどころではなくなる。

『足元・足元。』と、自分に言い聞かせながら、何だかはかどりが悪い。まぁ〜。こんな日もあるかな?いつも元気いいとは限らない。

そんな中、携帯にメールが入る。『在宅してる?献品をもって行きたいのだけど・・。』とのこと。彼女はいつもこのフリマ活動を裏方として全面的に支援して下さる方のお一人。

持って来て頂いた箱の中をみてびっくり!『何て素敵なものなの?』小躍りするほど嬉しい。私は思わず歓声を上げた。もともと、暖色の淡い色の組あわせが好きな私は、早速、彼女に交渉していくつか買い上げる。勿論売上はフリマ会計へ。

お友達へのお使いにしてもいいかな・・。現金なもので、気持ちが急にぱ〜っと明るくなった。『よっしゃ〜。凹んでばかりもいられない。値付け・値付け。』と、気合を入れる。

この品物は、あるデパートから流れ流れてきた物。勿論、有効利用するための寄付品である。しっかり売って少しでもお金を必要としている機関に送金出来れば・・と思っている。

ふた月に一度の会計報告であるが、(左のカテゴリーからフリマをクリックして頂ければ幸いである。)7月は、マルエツさんのご都合で中止となった。今回は、8月だけの売上となるが、レンタルボックス(委託販売)でもふた月で約2万円の収入があったので少しは潤うかも知れない。

今日の献品は、クリスマスシーズンの物が多いのでまた12月のフリマでお目見えすると思う。さて、第一日曜日のフリマに出向き、(マルエツ下高野店は、第一・第三日曜日にフリマを実施している。)場所抽選のくじを引きに行った。

たまたま、フリマに来ていたお客さんが、『あら〜。聞き慣れた声だから誰かと思ったら、あのがんのお店でしょ?貴方のお店。良い物が安いからホント、行くの楽しみなのよね。フリマは娯楽・娯楽。』と、ほがらかに声をかけて下さった。

期待して下さっている我々のお店。それに応えるべく、今夜もまだまだ値付けは続く。デジカメが只今紛失中につき、(笑)映りの悪い携帯から撮ってみた。ぼやけていてごめんなさい。がん患者会シャロームのフリマ出店は、いつも第三日曜日お間違いのないように。

P1000066.jpg クリックすると画像が拡大します。

  1. 2008/08/16(土) 18:18:34|
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たましいのケアの難しさ!

今日、シャロームの会員さんからメールを頂いた。彼は、ご自分の言った言葉も病状もそしてメールも、ブログへの掲載を了承して頂いている。

彼は、連日の”たましいのケア”ブログ発信をずっと読んで頂いており、次のようなメールを頂いた。

私は昨日、××病院で診察、検査及び点滴(ベルケイド、ゾメタ、デカドロン)の治療に行ってきました。時間があったので病棟に行き、前同室の2人を見舞いました。

A氏〔悪性リンパ腫)は再発し右足を手術していました。体調も悪
い状態でした。私は何と励ましていいのか言葉をさがしました。更にB氏(多発性骨髄腫)は2度目の肺炎で個室におり、病状は最悪の状態でした。

B氏から『もう駄目かも』と言う言葉が出ました。私は言葉をかける事が出来ませんでした。一生懸命元気づける言葉をさがしましたが見つかりません。

やっと出た言葉が帰り際に、頑張ってくださいが精一杯でした。本当に癌患者さんを励ます言葉の難しさが身にしみて判りました。

A子ちゃんにも偉いとか、簡単に言いました。患者さんにはどういう言葉も心に残ってしまいます。わたしには、たましいのケアは出来そうにありません。とてもへこんだ1日でした。  
ある会員さんのメールより

私は、インターネットの患者会に入っている。同じ部位の1000名以上の会員。そこでこんなことがあった。『私は、同じ仲間に頑張ってって言われるのは好きです。転移をしたけれども、私に皆さん頑張って!と、エールを送って下さい。』というものだった。

しかし、一方、連日紹介している“たましいのケア 病む人のかたわらに”いのちのことば社。には、『頑張って』と励ました家族に、患者は怒りを爆発させて『私がどれだけしんどいかあんたにわかるか!』と、怒鳴ったという下りがある。

どこが違うか・・というと、一目瞭然、『頑張って!』という励ます相手が健康な人か同じがんを患っている人か・・。そこに大きな違いがある。彼が言葉に窮しやっと口にした言葉、『頑張って下さい。』という言葉の背景には、僕も頑張ってますから・・という、同士としての励ましがあったと思うし相手もそう感じてくれたに違いないと思っている。

A子ちゃんに対しても、彼が語った言葉に感動して、声をあげて泣いた。彼の生き様は、周りの人に元気と勇気を与える。先日の患者会では、彼の壮絶な闘病を聞いて、新しく入会された会員さんが、『自分だけが苦しいと思っていたけど、彼の闘い様を聞いて、私も頑張ろうと思いました。』と、お電話でお話下さった。

また、別の会員さんは、『彼に会いたい。』と指名し、18日月曜日には彼を囲んだランチオフ会を開く予定。そう指名した彼女だって、離婚後3人の子育て真っ只中でがん発覚。その後更に別のがんにも罹患する。30代での出来事だった。彼女だって壮絶。だけど、だけど、双方向でその存在が元気を与える源となっている。仲間とは不思議な癒し効果のある心の処方箋。


さて、それはそうと、
私に道交う度に、『お元気ですか?』と、声をかける人がいる。毎回・毎回、会うたびにそれを口にしないと気がすまないかのように私に声をかけ続ける。『普通の挨拶はできないのですかねぇ〜。』というようなボディーランゲージで表すけれど、一向に読み取れない相手。

自転車のスピードを上げて走り去り、相手に聞こえない距離になった頃私は、大きな声で、『うるさ〜い。』と、心の底から叫ぶ。うんざりなんですよ。狭量の私?違う!これが患者の本音!これが患者の心理!これが患者のつぶやきなのだ。

『こんにちわ!』と軽やかに挨拶を交わしたいのに、いつもいつも私を病気に引き戻す。同じ病人なら、『この間検査したら大丈夫だった。お互い癌晴ろう。』と、どうってことのない会話が弾むのに・・・。

会員さんの中には、『元気?と聞かれると、再発・転移を確認されているようで嫌だ。』という人もいる。平気な会員さんもいる。しかし、少なくとも健康な人が病人に声をかけた時、こうして『嫌だ・・言われたくない・・』と、発信していることを知ったなら、その言葉を控えるくらいの配慮をして欲しいと思っている。

そんなの気にし過ぎよ!と反論したくなるかもしれない。自分の時はそうすればいい。がんという病を抱えてみたらもしかしたら少しは理解出来るかもしれない。たとえがん患者すべての思いでなかったとしても、発した言葉によって相手が傷つくかも知れない・・という言葉を敢て使わなくてもいいんじゃないかな・・と思っている。

私に何度も、『お元気ですか?』と、声をかける人に、そうだ!一昨年の講演会の原稿をお渡ししよう。そして、『私は普通にして頂きたいのですよ。ご協力頂けたら嬉しいのですが・・。』と、勇気を持って言ってみよう。そうしよう。


ps
上記女性会員さんにも掲載の許可を得ています。
  1. 2008/08/15(金) 22:11:08|
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たましいのケアPart3

連日、たましいのケア 病む人のかたわらに いのちのことば社 の中からとても重要と思えるようなことを抜粋している。

本当に今まさにそういう場面に直面している人は、どうかテキストとしてこの本をご購入されることをお勧めしたいと思う。ただ、じっくり読まないと読み過ごしてしまいそうなほど、すべてがキーワードだと思う。

何度も何度も味わって読み進むうちに、少しずつ少しずつ寄り添うとはどういうことか、一回や二回読んだのでは到底、習得出来ない。納得して自分のものにするためには、やはり失敗と経験の積み重ねが必要なのかも知れない。

著者もまた一朝一夕に極められたのではない。患者さんの訴えや叫びの中からとことん自分の概念を削ぎ落とし、徹底的に患者さんの立場に立とうと心を注ぐ中からこのようなメッセージとなったことを私は強く感じる。

今日もまた、その一部を紹介しよう。

○聴くことの難しさ
関わる相手と人間関係を築いていくうえで大切な事柄の一つは、相手の言うことに耳を傾けることだと言われます。これは全くそのとおりです。

〜略〜

援助者はいつも自分が他人を支えるものでなければならないという思いに捕らわれることが多いようです。

そして、何かを語ることやすることこそが、人を支えうると思ってしまう傾向があります。援助者に限らず、人間はいつも、何かを語ることやすること、すなわち目に見えるものや形になるものにのみ重点を置いて考えてしまい、それ以外の、目に見えないことは何もしていないのと同じだと考えてしまいがちです。

しかし、病む人は何かを語って聞かせられるより、ただ黙ってそばにいてくれることや、黙って自分の言うことを聴いてもらうことのほうを求めているように思われます。

そばにいて人の話を聴くことは、何もしていないように見えるかもしれませんが、何かを語りながらそばにいるよりはるかに大きなエネルギーが必要です。

ところが残念ながら、人はこのことが大きなエネルギーのいる重要なことであることになかなか気づかないのです。

また、聴くことが難しい理由の一つは、自分を前面に出せないことです。ついついアドバイスしたくなって、自分の考えを押しつけてしまうことがよくあります。

また、アドバイスできなくなったときには、理論を持ち出して相手をコントロールしようとしてしまうこともあります。

ある患者さんは自分のつらかった結婚生活を理解してほしかったため、一人のボランティアに夫からひどい仕打ちを受けた過去の一例を打ち明けました。

そのボランティアは、この人はもうすぐ亡くなるのに人を恨んだままなのは悲しいことだと考え、『どんなにひどい人でも、きっとどこかに良いところがありますよ』と言いました。

自分の気持ちを理解してもらえなかったと感じた患者さんは、もっとひどいことをされたことを思い切って打ち明けましたが、『いいえ、そんな人でもきっとどこかに良いところがあったと思いますよ』と言われてしまいました。

ちょうどその話の途中で医師の回診があり、ボランティアは部屋を出て行きましたが、患者さんはそれから部屋の扉を閉ざしてずっと泣いていました。

とても大事なキーワードです。明日にこの続きを綴ります。

  1. 2008/08/15(金) 08:35:06|
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